アメリカで学校選びの基準

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こんにちは、Erinaです。

 

今日は、アメリカで子供が通う学校の選ぶ方について、書いてみたいと思います。

 

うちの子たちは現在、息子が3rd Grade(日本の小3)、娘が1st Grade(日本の小1)で、うちから歩いて5分の公立小学校に通っています。

その先はというと、うちから車で7分ほどの公立中学校、車で5分の公立高校に進学させる予定です。(大学進学についてはこの記事でどうぞ)

 

長男が生まれた時、やはり「子供の学校はどうするのか」ということについて、かなり早い段階で夫婦で話し合いました。

うちの旦那は(アメリカ東部〜中西部ではそれほど珍しくない)小学校からカソリック系の私立校に通っていたということ、私自身は日本で公立小〜高まで通ったこと、そして現在、子供達はカリフォルニアという全く異なる教育システムや社会で育つことなどを考慮して、「我が家の子供達は公立の学校(パブリックスクール)に行く」という決断を下しました。

 

現在の家を購入した4年前、ちょうどキンダーに入学する息子が通う学校を選ぶ時期でした。

子供が通う学校のことを考えての家探しだったわけですが、私たち夫婦の中での「良い学校」とは何なのか、今一度、考える機会になったわけです。

 

そんなわけで、自分の子供の学校や、周りの声、最近の学校観察などから考えて、私の学校選びの基準は

 

  1. 家庭間の価値観が合うこと
  2. 子供が生き生きできること
  3. 学校がリスペクトされていること

 

です。

 

1. 家庭間の価値観が合うこと

 

価値観が合うとはどういうことかというと、子供同士、親同士、家庭間の価値観が近いレベルであること。

たとえばよく聞くのが、「評判の良いお金持ちエリアの学校に子供を入れたは良いが、経済的な価値観が合わない」という問題。小学校の誕生日パーティから始まり、習い事、携帯、お小遣い、高校では与える車など、周りでは当たり前にやっていることも、「うちではそんなのできない!」ということが起こるようです。

中学生の娘・息子に「周りはみんなiPhoneを持ってるのに、私(僕)だけ持ってない!」と言われたら、みなさんはどう答えるでしょうか?

 

うちの近所の多くは、いわゆる「中流階級・共働き(会社員)・30〜50代のミドルエイジファミリー」なので、家庭間の価値観はかなり近いと思われます。経済的なことだけでなく、社会の見方とか、人間関係とか、ライフスタイルとか、そういうものもひっくるめての価値観ですね。

それは親同士の会話だったり、子供同士の遊び方などから見えるもので、私自身が「居心地が良いな」と感じていれば、それは子供同士の関係にも反映するのだとわかってきました。

つまり、親同士で価値観が合わなければ、子供同士で合うわけがない、と。笑

 

それを踏まえて、次の点。

 

2. 子供が生き生きできる

 

子供が生き生きできるというのは、どういうことでしょうか。

やはりそれは、「気の合う友達」が周りにいるということで、そういう友達とは価値観が近いだけでなく、生活のリズムやダイナミズムが似ているということだと思います。

 

たとえば、サンディエゴにも「人気の学校」というのがあって、そこはどういう家庭が多いかというと、富裕層の白人ファミリーや、インド・中国他からのアジア系ファミリーが多いそうです。

しかし、富裕層のファミリーとは経済的価値観が合わない、アジア系は自分の勉強ばかりだったり、研究職ファミリーだったりして短期滞在しかしない。なので、せっかく子供同士が学校で仲良くなっても、2〜3年で母国へ帰ってしまうとか、週末にプレイデートができない、ということを頻繁に耳にします。親も子も、いわゆる「アメリカン」な学校体験ができないんですね。

他には、サンディエゴ独特の「ミリタリーファミリー」が多いエリアでは、編入・転校が頻繁に起こるため、生徒の出入りがとても激しいということもあるそうです。

逆に、うちの近所はみんな地元の会社員ファミリーなので、そういう出入りはほとんど起こらず、「みんな揃って高校まで」というのが通例のようです。

 

そんなわけで、上記の「家庭の価値観」というのはこういう人生の長期計画にも影響を及ぼすことになるし、子供が腰を据えて友達作りをするという意味では、この近所で良かったなぁと感じることになりました。(もう引っ越しはしばらくしたくない)

 

 

3. 学校がリスペクトされていること

 

最後に、学校がリスペクトされている、とはどういうことでしょうか。

 

アメリカの学校に行くと、小学校であろうと大学であろうと、「学校間の差」に驚くことがあります。

それはトイレのドアに書かれた落書きだったり、廊下に落ちているゴミだったり、ランドスケープの手入れ具合だったり、教室に充満する食べ物の匂いだったりと様々です。

 

私はあえて学生用の女子トイレを使うのですが、やはりトイレを見ると、「ここは良い学校だな」とか、「子供の品位(つまりは親の品位)がわかるな」と感じることがあります。

 

先日から、教員免許の一環で、ある高校に授業観察にお邪魔しています。

ここは、ヒスパニックの学生80%、黒人の学生15%、白人の学生5%という学校で、数学の授業中にもスペイン語が飛び交います。おそらく学校ランキングのウェブサイトなんかでは「それほど高くない」のようなカテゴリーに入る学校です。

しかし、私がこの学校に訪れた初日、まず最初に気づいたことは、「キャンパスがきれい」ということでした。

廊下には”Candy wrapper”と言われるチョコレートバーの包み紙一つ落ちておらず、学生用トイレの床にはトイレットペーパーの紙切れ一つ落ちていませんでした。落書きももちろんありませんし、机や椅子の裏にガムがびっしりついてることもなければ、教室内にこぼれたソーダの匂いが充満してるなんてこともありません。

 

私は直感的に、「ここは良い学校だな」と思いました。

 

建物は決して新築なわけではなく、むしろ古い方です。しかし、「きちんと手入れが行き届いている」というのがわかるのです。

そしてそれはどう言うことかというと、学生もスタッフも、この学校をリスペクトしているということであり、つまりはコミュニティから愛されている学校だと感じたのでした。

そして学校という公共の場所で働こうとしている身としては、「こういう学校で働きたい」と感じるのは、私にとって、とても自然なことでした。(まぁこの他にも色々と理由はあるのですが)

 

逆に、学校ランキングのウェブサイトで高く評価されている学校や、前述のような、いわゆる「人気の学校」に行ってみると、表のランドスケープや看板はビシッとしていても、奥の方にあるトイレに入ってみれば、トイレットペーパーの切れ端が床に散乱していたり、使用済みの汚らしい生理用品がぺろーっと包まれずに床に落ちていたり、新しいトイレのドアに落書きがあったり、うんざりするようなものがとにかく目につくのです。屋外のゴミ箱からはソーダやら何やらの甘いドリンクが染み出して、周りのコンクリートに匂いが染み込んでたりね。

 

アメリカでは、校内の掃除は”janitor”(ジェニター)と呼ばれる清掃員がやるのですが、たいていは学校が終わった夕方以降に掃除が入ります。なので、昼間の学校の清潔度は、学校を使用する学生たちやスタッフ、先生たちの品位にかかっているわけです。

細かいですけど(笑)、こういうことに気づく人は気づく。

そういうことを「どうでも良い」と取り上げもしないのか、それとも自分の子供にもそういうことに気づいて、学校という「自分じゃないもの(=公共のもの)」もケアする人間になって欲しいと思うか。

これは日本的な考えに見えますが、驚いたことに、うちの旦那も同じことを重要視していたようで、私の授業観察初日の夜、彼からの最初の質問は「トイレの様子はどうだった?」でした。まぁ彼も学校で働く人間なので、同じことが気になるのでしょう。

 

「外面(=数値や看板)だけは良くて、内面(=品位)は全く伴ってない」とはまさにこのことで、その本質を見抜かない限り、自分の子供にとっての「良い学校」は見つけられないと私は思っています。

まぁ、アメリカはとにかく多いですからね、そういうの。

誰だって、お金をたくさんかければ、外面を良くすることはできるでしょう。だけど、それを低予算で、どの場面でもキープするというのは、その場しのぎでできることではないし、もっと根底にあるものが揺らがずにいるという証拠だと思うのです。

 

みなさんの周りの学校はどうでしょうか。

 

 

 

 

 

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About Erina

こんにちは、Erinaです。 日本で一浪した後、2002年に留学生として渡米しました。ESLとコミュニティカレッジを経て、4年制大学に編入。高校時代は大嫌いだった数学が大学で大好きになり、応用数学専攻で卒業。金融アナリストインターン、IT企業でデータアナリスト、銀行で不動産アナリストを経て、現在、キャリアチェンジの真っ最中。アメリカの高校で数学教師になるために、2016年夏に脱サラ。久しぶりの勉強と主婦業に専念しています。二人の小学生のママです。趣味は読書・ヨガ・テニス・ゴルフ・DIY・庭仕事で、最近の一番の楽しみは子育てです。 アメリカに住む日本人女性を応援したくてこのブログを始めました。

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