人種問題を超えたところにあるもの

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こんにちは、Erinaです。

 

皆さんもご存知の通り、トランプ大統領が誕生して以来、このアメリカという国の基盤が揺さぶられています。

それは、この国のアイデンティティでもあり、傷でもあり、恥でもあり、歴史でもある「人種問題」です。

 

これらの記事で、昨年、「今回の大統領選挙は、アメリカという国のターニングポイントだ」ということを書いたのですが、個人的にこの予測は当たってるな、という気がしています。これまで私が見てきた(数回しかないけど)大統領選挙とは、「質」が違っていたからです。

そこにはエンターテインメント性という第三者から見た要素は無く、「明日、自分がマイノリティになるか、マジョリティになるか」という、多くの投票者が「当事者」にならざるを得ない大統領選挙でした。

そういう意味では、アメリカ人だって、「平和ボケ」していたわけです。というか、色々な暗黙の了解にあぐらをかいていた、って感じかな。

 

そして実際、白人至上主義者たちが多く支持していたトランプが当選し、アメリカでは「人種問題」というこの国の根本的な部分が土の中から掘り起こされているわけです。

 

私は現在、教員免許プログラムに通うことになり、多くのアメリカ人「教師の卵」たちと机を並べて勉強しています。

ダイバーシティ(多様性)、English Learner(第二言語)、ディスアビリティ(障害者)という様々な学生のことを勉強しているわけですが、そこで感じる、他の教員志望者との違和感。

 

「教室内のダイバーシティは素晴らしい!」

「Inclusion(インクルージョン:様々な学生を取り入れる包括的ポリシー)を我が校にも!」

「第二言語の学生に寛容を!」

 

と、彼女たちが掲げるミッションは素晴らしいのですが、「じゃあ、実際にそれってどういうことなの?」と言われると、経験が伴わない人が多い。

それはなぜなら、彼女たちはみんな白人で、自分自身が、「マイノリティ」とか「第二言語」という環境に置かれたことがないから。

 

国際結婚をしているとか、非英語圏に長期滞在したことがあるとか、障害を持つ子供の子育てをしているとか、そういう体験をしたことがない限り、結局は、「ダイバーシティ」も「インクルージョン」も、押し付け的なスローガンでしかなくて、そこにある有機的な温かさとかチャレンジというものは見落とされているわけです。

 

逆に、実際にそういう体験をしたことがある人、または私たちみたいに「どこに行ってもマイノリティ」な人は、わざわざ声を大にしてくれなくても、行動で見せることの大事さを知っている。

 

頭ではわかっていても、「その瞬間」が来た時に、どう反応するかどうかで、

 

Diversity(多様性)

English Learner(第二言語)

Disability(障害者)

 

というものに対して、その人の根本的な考えや、人間としての寛容さとかオープンさがわかると、知っているからです。

 

そうですよね?

 

「あ〜、なんだかんだ言っても、あの人は私たち外国人には興味ないのね」とか、逆に、「あの人は、私の英語が拙くてもきちんと対応してくれる」とか、皆さんも、そういう経験を一度はしたことがあるはずです。

 

だから、教員志望の人たちだけじゃなく、ダイバーシティとか、インクルージョンとか、他人への理解・寛容、というものを身につけたいのなら、ウダウダと理論武装しないで、自分のコンフォートゾーン (Comfort Zone:居心地の良い安全なエリア)をまず出てみろよ、と言いたい。

なぜなら、自分がマジョリティで安全なところでは、なんだって言えるし、なんだってできるから。(もし、「それ、違うよ」と反撃されても、「でもみんなそう思ってるのよ、ここでは」で済まされちゃう)

 

人間が、人間としての本質を試される時って、自分を守ってくれるものが他に何もないところでだけ、なのだから。

 

そんなわけで、去年、私はオンラインで”Diversity in classroom”(教室内での多様性)という教育関係のクラスをとったのですが、そのファイナルは、「どうやったら、アメリカの教員はダイバーシティへの理解を身につけられるか?」というものでした。

そこでの私の解答はというと、「全員、非英語圏へ留学して、マイノリティになるという経験をするべきだ」と書きました。笑

それが手っ取り早いし、むしろ、そんなものは、いくら教科書を読んだって実体験をしなければ身につかないからです。

 

ここアメリカでは、どこへ行っても私はマイノリティだから、周りからどう見られうるか、どう受け取られる可能性があるかを意識しながら生活しています。

 

英語では、”living on the edge” とか、”walking on a fine line” なんて言いますね。

 

We are living on the edge in today’s diverse society.

My life is like walking on a fine line everyday as an immigrant from Japan.

 

なんて感じでしょうか。

毎日、細い糸の上を歩いている、という感覚です。

 

それを面倒とか、disadvantage(不利)と考える人もいるのかもしれないけど、私はそれが逆に面白い結果を生むことも知っているし、これこそがアメリカ生活の醍醐味だと思っています。

日本人としてアメリカで暮らす以上、こういう心持ちは覚悟しなくちゃいけないかもしれません。

外国人としてアメリカ生活を楽しむためには、そういう精神的綱渡りな日常生活を楽しめなくてはならないし、これが面倒なら、やっぱりアメリカでは暮らしにくいでしょう。

 

でも、そういう精神的綱渡りが、マジョリティである白人にとって、それも、もともと良識と良心のある人たちにとっては、現在の “over-tolerant”(寛容すぎる)で “over-reacting”(過敏な)アメリカ社会が、辟易の対象になってきているのも事実。

 

もともと、肌の色や言語、宗教などに関わらず、人として誰にでもフェアに接するような人たちがいます。

 

しかし、「こういうことを言っちゃダメ」「これは差別の対象」と、右を向いても左を向いても注意しなければならない社会は、逆に息がつまり、言論の自由に触れる可能性だってあるわけです。

 

私たちマイノリティが、周りを注意しながら歩くように、マジョリティの白人たちだって、精神的に綱渡りしながら生活していることは事実であり、その原因が、いきすぎたリベラル精神だったとしたら、やはりイライラの矛先が、移民や異文化に向いてしまうのは仕方がないのかも、と思うのです。

 

 

私は日頃から、「幸せな国際結婚は、平和活動への第一歩」だと思っています。

そこには、日本とアメリカという小さな国際交流があり、日本人がアメリカ文化を、アメリカ人が日本文化を、日常的に学ぶチャンスだからです。

 

そして究極のところ、日々の生活の中では、つまり、二人の人間が生活をする上では、日本だとかアメリカだとか、肌の色とかそういうものは関係なく、「個人」として譲り合ったり、理解しあったり、愛し合ったり、そういうことを学べるのが、国際結婚だと思っています。

 

うちの旦那がどこかで、「ウチの奥さんはジャパニーズでね」という話をすれば、たまたまそこにいた日本人の中で、「あ、この人は日本が好きなんだな」とお互いの理解のハードルが下がるかもしれない。実際に、そうやって緊張の糸がほぐれることってよくあります。

だから、私は毎日、日本人妻として、アメリカ社会のためにできることはあるなと思っているし、日本人母に育てられたうちの子供達が、アメリカの学校で良い生徒であることも、大きな意味があるなと思うのです。

 

先日、夕食時に、うちの白人アメリカン旦那がこんなことを言いました。

「キミと結婚してなかったら、僕は、コレの美味しさを知らないで人生を終えてたなぁ・・・」

と、しみじみと言いながら、見つめる先には、私の作った茄子味噌炒め。笑

 

彼は、私が茄子料理を作るまで、人生で茄子を食べたことがなかったそうなのです。

私の作る超適当な茄子味噌炒めが原因で、茄子が大好きになった彼は、しみじみと、「マイジャパニーズワイフ」が改めて、自分の世界を広げてくれたことを味わっていました。

私は、「良かったねぇ・・・」としか言えませんでしたが、こんなところで、世界が広がるとは!と、笑えるような、驚きのような。

まぁ、そんなもんですよ、異文化理解なんて。

 

やっぱり物事って捉え方、見方が大事です。

与えられた環境が、自分にとって完璧なものでないのは、誰にだって平等なんです。

 

それをどう受け取るか、どう使うか、そこは自分次第であり、私は良い方向に捉えたい。今あるものは変えられないけど、自分の考え方は変えられますもんね。

 

だから、声を大にして「こうしましょう!」「こうなりましょう!」と他人に呼びかける前に、まずは内なる自分に問いかけてほしい。

 

「自分がその立場だったら、どうするか?」

 

What would you do, if you were in their shoes?

(”in somebody’s shoes” で、「その人の立場になってみる」という意味です)

 

 

 

 

 

 

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About Erina

こんにちは、Erinaです。 日本で一浪した後、2002年に留学生として渡米しました。 ESLとコミュニティカレッジを経て、4年制大学に編入。高校時代は大嫌いだった数学が大学で大好きになり、応用数学専攻で卒業。金融アナリストインターン、IT企業でデータアナリスト、銀行で不動産アナリストを経て、現在、キャリアチェンジの真っ最中。アメリカの高校で数学教師になるために、2016年夏に脱サラ。久しぶりの勉強と主婦業に専念しています。 二人の小学生のママです。 趣味は読書・ヨガ・テニス・ゴルフ・DIY・庭仕事で、最近の一番の楽しみは子育てです。 アメリカに住む日本人女性を応援したくてこのブログを始めました。

8 Responses to “人種問題を超えたところにあるもの”

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    りょうこ

    おお〜!全文拍手喝采しながら読みました〜!まさにまさにその通りですよね!
    アメリカに住んでると疲れててパワーがダウンしてる時は、ネイティブスピーカーで金髪碧眼だったらどんなに楽なんだろ。なんであんな居心地の良い日本を飛び出しちゃったのーって思うけど、Erinaさんのおっしゃる使命があるんだ!って私も超同感です。そう思うとワクワクして来るわ〜。
    先生って(オレゴンでは看護師も割とそうだけど)ほんと白人ワールドですよね。そういうところに異文化経験のあるマイノリティな私たちが入るってとーっても貴重だと思います。
    後思ったのはcomfort zone を飛び出すって私たちマイノリティにも大事な事ですね。
    私を含めたマイノリティが自分たちはinvisible だって文句言ってばかりいないで、仕事やボランティアで、自分みたいな人たちがいないところに飛び出すのも大事かも。

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    KY

    初めまして。ネットサーフィンしてたどり着きました。とても為になる情報が沢山あって、一気に読んでしまいました。私は渡米10年目、3歳と6か月の娘がいます。フルタイムで働いてて(金融)、子供は3か月からデイケア生活です。高くて死にそうですが、カリキュラムがいいので続けてます。こちらのHPで、アメリカの学校の事とか色々読めてとても参考になります。私は数学大嫌いなんですが(すいません)、子供たちには勉強が、特に数学好きになって欲しいなと思います。これからも読ませてもらいます。数学の先生、頑張って下さい!

    今日の記事と全然関係ないコメントですいません。。。

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    Erina

    りょうこさん、ありがとうございます!

    >疲れててパワーがダウンしてる時は、ネイティブスピーカーで金髪碧眼だったらどんなに楽なんだろ

    って私も思います!
    普通に生きるだけ(スーパーに行ったり、子供の学校の送り迎えしたり)のことが、日本にいた時に比べて何倍も神経を使いますよね!
    そういう辛さとか、しんどさって、やっぱり「外国人」という扱いをされないとわからないものなんですね。
    だからこそ、ナースみたいに人をケアする仕事、教師みたいに育てる仕事の人は、マイノリティの立場に一度、立ってみてほしい。「弱者」ってどういうことなのか、自分がなってみないとわからないですよ。

    そうですね、日本人としてアメリカに暮らして、アメリカ人と結婚して、子供を育てて、ってやっぱり使命ですよね。
    また記事にも書きたいと思ってますが、私が、外国人として、アメリカの高校で数学を教えるってことにも、意味があると思っています。
    サンディエゴで生まれ育った白人先生には教えられない数学、教えたいなと思ってます。
    頑張りましょうね!
    りょうこさんの記事やコメントを読んでいると、いつも元気付けられます!オレゴンでも頑張っている人がいるんだなぁと勇気付けられるんですよ〜!

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    Erina

    KYさん、こんにちは!
    コメントありがとうございます。
    記事も読んでいただいたようで、嬉しいです。

    手探りなことばかりですが、子育て、お仕事、お互いに頑張りましょうね!
    日本で感じられない辛さもたくさんあるけれど、日本では感じられない幸せとか充実感もたくさんあります。
    またいろいろと書いていくので、何か質問、こんなこと書いてほしいというリクエストなどありましたら、いつでも教えてくださいね!

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    KY

    学校の様子とか勉強方法とかについて興味があります。また、私立・公立の違いなど、もしご存知でしたら教えて下さい。今2年後の娘のキンダーをどうするか考えています。ありがとうございます!良い1日を!

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    Mayumi

    こんにちは。
    アメリカに家族で引っ越して1ヶ月です。とても共感できる事が多くて、思わずコメントしました!
    私も子供たちも、初めてのアメリカ生活。
    英語は私が片言、子供たちは全くできません。
    それでも6歳の息子は、公園で会った同じ年頃の子と仲良く遊んだり、英語が出来ないなりに楽しく過ごしています。
    息子に興味を持ってくれた子に「この子はアメリカに来たばかりで英語が話せないの」と伝えると、すんなり。分かってくれて楽しく遊んでくれたり。英語が分からない子に対して優しく接してくれる周りにとても感謝しています。言葉が通じれば、もっと楽しいのでしょうけどね。
    そんな中、一度だけ、公園で会った白人のの子に追いかけられ、ちょっと悪意のある絡まれ方をしました。(その子の親?はおらず、ベビーシッターさんが遠巻きに見てるだけ)
    何でそんな事したのかは結局分からないのですが。(アジア人だから?英語が分からないから?リアクションが薄いから?)
    私たち親子の解釈としては、人種は関係なくてその子は日本にもいたイジワルする子と同じ。たまたまその子がイジワルだったんだよーとしています。この件で白人が怖いと思われても良くないので、怖い子もいればそうじゃない子もいる。としました。
    人種問題としての解釈を息子に教えてしまうと、彼のアメリカ人への接し方にフィルターがかかってしまう気がして、同じ子供だけど、色んな子がいるねで通しています。
    長くなってしまいましたが、多様性で違いを認める大切さはもちろん、まずは相手の同じところを認識することを教えていきたいなぁと思っています。

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    Erina

    KYさん、
    学年別に記事をまとめたページがありますので、リンクを貼りますね。
    これはキンダーレベルの記事をまとめたものです。
    http://innadeshikoway.com/?page_id=3457
    またいろいろと書いてみますね。

  8. avatar

    Erina

    Mayumiさん、こんにちは!
    アメリカに来て、1ヶ月なんですね。Welcome aboard!

    そうですね、戸惑うこともあるかと思いますが、やはり、根本はみんな人間だということ。
    見た目や肌の色に関わらず、意地悪な子は意地悪、親切な子は親切、だから親切でいたいね、という会話を持ちたいですよね。
    人種とか、外国とかっていう要素は、後天的なもの、あくまで大人がインプットする情報であり、子供自身はそういう見方をしてないんじゃないかと思うんです。だから、この時期に、人として「良い判断基準」を教えたいですよね。

    アメリカでの子育て、大変なこともあるかと思いますが、楽しんでくださいね!
    またいつでも遊びに来てください。

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