
私の名前は・・・
こんにちは、Erinaです。
先日のクラスで、ちょっと考えさせられるトピックが取り上げられたので、書いておこうと思います。
しばらく前になりますが、この記事で、私の元留学アドバイザー Marioさんが、アメリカンネーム(ニックネーム)について書いてくれました。
日本だけでなく、アジア圏の名前は英語圏ではなかなか発音されにくいということで、本名とは全く関係のないアメリカンネームを使うことがあります。
しかし、その「アメリカンネーム」の存在が、移民や外国人の子供達にとって、自分の「アイデンティティ」をぼやけたものにしてしまう危険性がある、というレクチャーだったのです。
ある動画を見てください。
“Facundo the Great”
この動画は、1950年代にアメリカの田舎町の小学校での出来事をアニメにしたもの。
メインキャラクターの「ラモン (Ramon)」はメキシコの移民家族の小学生。
彼が2年生になる頃には、「レイモンド (Raymond)」というアメリカンネームで呼ばれるようになりました。
マリア (Maria) はメアリー (Mary)になり、
フアニータ(Juanita) はジェーン(Jane)になりました。
しかし、ある日、ある男の子が転入してきました。
彼の名前は “Facundo”(ファクンド)。
メキシコ系の名前です。
珍しい名前だったので、先生たちは焦って、彼のアメリカンネームをどうしようか?と職員会議を開きました。
そこである先生が、「じゃあ短くして、”Fac”はどうでしょう?」と聞くと、「ちょっとそれは Dirty word(汚い言葉;つまりf-word)に聞こえるから問題でしょう・・・」となり、結局、アメリカンネームを使うことをやめ、FacundoはFacundoと呼ぼう!となったのです。
あくまで、アメリカ人の先生たちにとって都合のよかったアメリカンネームが、子供達にとっては、「それは自分の名前じゃない」と自己否定せざるを得ない状況を作っていた、ということにアメリカ社会は気づいたのです。
私はこの15年間のアメリカ生活で、アメリカンネームを使ったことがないので、”I’m Erina.”(私はエリナです)と自分自身を紹介し、表現してきました。親にもらった名前と、これまでの人生を全てひっくるめて、「エリナ」と言えるのです。
しかし、外国からやってきて、アメリカで学校に行くことになった子供達が、それまでの母国での文化や母語と全くかけ離れた名前を与えられ、新しい世界ではその名前でしか通用しないとなったら?
母国でのアイデンティティ(自分)と、アメリカでのアイデンティティ(自分)が分離したものになってしまっても、仕方ないと思うのです。
「アメリカナイズ」されることは、個人としてグローバル規模で活躍するために必要なことなのでしょうか?
私の周りで、アメリカンネームを使っていない人、つまり親に与えられた名前をアメリカでも使い続けている人というのは、やはり、「自己肯定感」の強い人が多いです。
日本人に限らず、それがたとえどんなに発音の難しい名前だったとしても、「私の名前は◯◯です。」と自己紹介し、「え?◯△?」と言われると、「いえ、◯◯です。」と直す。相手の発音が間違っていると、何度でも直すくらいです。
「発音しづらい」とか、「珍しい」とか、「難しい」という周りの意見に流されず、「自分」の象徴である名前をきちんとアピールするというのは、やはり自分を肯定する第一歩であり、様々な「名前」が混在するこのグローバル社会で、必要なステップなんじゃないかと思うのです。
そういう意味では、世界における私たち「日本人女性」の知名度とか、社会的な地位というのは、自分たちで作り上げていくものなんだと実感します。世界の人に、「どこかでそんな名前を聞いたことあるな」という経験を多くしてもらうためには、やはり日本らしい日本の名前を「私の名前です」と紹介することは大事だなと思うのです。
イチローも、松山英樹も、オノ・ヨーコも、決してアメリカンな名前ではありません。むしろ英語スピーカーにとっては発音が難しい名前です。
そもそも、日本語には、一つの音節 (syllable) に母音(aiueo) が必ず入っているので、英語のような発音にはなりません。
しかし、それこそが日本語や日本の文化・歴史を反映している事実であり、世界的に特徴のある言語でいられる理由なのでは、と思うのです。
私の名前も、一度で正確に発音してもらえることなんてほとんどないし、スペルは絶対に間違っています (Arena, Irena, Irene, Ariana,….)。
それでも”I’m Erina.”と言い続けると思います。
なぜなら、私はずっとエリナでありたいし、世界にそう認識してもらいたいから。
みなさんは、自分の名前にどんな思いがありますか?
その名前が、どんなふうに認識されたいですか?
私も自分の名前をちゃんと発音してもらえないことが多いです。NAOMIは聖書にもでてくる名前だからみんな言える。なのにNAOKOはなんで言えないのかな、とよく思います。でも私も名前をアメリカっぽくすることは考えたことないですね。
コーヒーショップなどで、お店の人が私の名前をどういうスペルにするか、子供と一緒に面白がってます。Nachoと書かれたときは笑いました!
うちの叔母の名前が「直美」なんですが、こっちに来て、”Naomi”という名前があることに驚きました。笑
でも発音は「ナオミ」じゃなくて、「ネイオーミ」だから、きっと”Naoko”も「ナオコ」にはならないんでしょうね。
スタバはいつも笑わせてくれますね〜。
あれはアメリカンな名前でも間違われるらしいので、あれはまぁそういうもんなんだろう、と思うようにしてます。
調べてみたら、こんな記事もありました。
SNSでシェア→宣伝のために、わざとミススペルしてるとか・・・笑
スタバ店員に聞いてみたいですね。
私も留学してた頃は、Shioriで呼んでもらい続けていました。確かにイントネーションは英語っぽくはなるけれど、それでも友達やホストファミリーに正しい名前で呼ばれるのがとても嬉しくて… 留学生友達はアメリカンネームを作っていたけれど、私は本名で呼んでもらった方がいいのにな。と思いました。
Shioriさん、こんにちは!
そうですね。
私も自分の名前について考えたのは、この授業(つい最近)がきっかけだったんですが、やっぱり、自分の名前じゃない名前で呼ばれたらどういう気分なんだろう?って考えてしまいました。
それも強制的だったら・・・。
発音が難しくても、教えてあげることで、その人の新しい世界を広げてあげるんだ!くらいに思いたいですね。これからも「本名活動」しましょう!笑
私も自分の名前をそのまま名乗るのですが、なかなか覚えてもらえない(発音できないらしい)です。
恋人のお母さんに「ツーキー」と呼ばれた時は、私のニックネームとは全然気づきませんでした。(その後、そのニックネームが気に入らなかったので名前をきちんと呼んでもらうよう彼を通して頼んだので、今ではそのまま呼んでくれてます)
ただ、スタバで名前を聞かれた時にそのまま答えたら「Nazi…!?」とおどろかれたので、スタバではアメリカンネームにしています(^^;)
なので、英語話者が発音しやすいかということを基準に、英語圏以外の人の名前を変えることに関しては、もちろん本人の意思が優先ですが、必ずしも「オリジナルの名前でいくべきだ」とは言えないかな〜と私は思います。オリジナルの名前がどうしても発音できない音や、誤解を与えてしまう音である場合は、「私の名前は◯◯だけど、〜〜って呼んで」と伝えることもありじゃないかな〜と思います。