英語習得に本当に必要なもの

こんにちは、Erinaです。

 

この夏、子どもたちを連れて10年ぶりの日本帰国を果たしたわけですが、我が家の子どもたち、そして英語を話したい日本の子どもたちを見ていて、英語を始めとした、いかなる外国語習得について必要なものを再確認しました。

 

今日は、私自身の経験も含め、「これがなければ意味がない」という、外国語を習得する上で絶対に欠かせないものについて書いてみたいと思います。

 

今回、日本に帰国して、やはり小学校での英語教育が取り入れられているせいか、うちの子どもたちと「英語で話したい」という子がたくさん会いに来てくれました。

しかし、子どもなので、お互いにモジモジし合い、結局、母親同士が懐かしい話をして終わり・・・という状態。まぁそれはそれで良いんですが。笑

 

ただ、この経験が、日本の子どもたちにとって、そしてうちの子どもたちにとっても必要な経験だったということを、今日は書こうと思います。

 

まず、うちの子ども達と日本語を例に見てみます。

この記事でも書いたように、うちの子どもたちには日本語を教えていません。

今回の旅行直前に、「〇〇って日本語で何て言うの?」くらいの準備はしていたかもしれませんが、それほど真剣なものではありませんでした。

 

そんな彼らが、滞在2週めに入って、「日本語を勉強したいから教えて」と言い出し、ひらがなの表を見ながら、ノートに「ちょっとまって」とか「おいしい」とか「おみずちょうだい」とか、自分の知っているフレーズを書くようになったのです。

あまり外国語に興味のなかった長男までも、かなりのフレーズを使えるようになり、やっぱりこういう経験があったからこそ、と思いました。

 

ではズバリ、「外国語習得に本当に必要なもの」とは何か。

 

それは・・・

 

 

「伝えたいことを伝えられないじれったさ」

 

 

という経験です。

 

母語に囲まれて生活しているうちは、こんな不便なじれったさを感じることなく過ごすことができます。

 

しかし、外国に行ったり、外国人とコミュニケーションをとろうとした時になって初めて、「あ!伝えられない!」という経験をします。

 

目の前にいる人に、もう喉のところまで出かかっている言葉が出ない。

 

そういうじれったさこそが、外国語習得に一番のクスリなのです。

 

なので、アメリカでずっと英語で生活してきたうちの子どもたちも、日本でずっと日本語で生活をしてきた友達の子どもたちも、同時にそのじれったさを感じることになりました。

 

私はそれを見てニヤニヤしながら、何も助け舟を出さなかったのは、子どもたちにこういう感覚を味わってほしかったからです。

そしてその効果はてきめんで、うちの子どもたちは自発的にひらがなを書くようになり、友達の子どもたちは英語をもっと勉強しようという気持ちになりました。

 

これはやはり教科書で教えられるものではありませんし、親や先生から言われて身につくものでもありません。私はそれを知っていたから、子どもたちの日本語教育を延期する決断ができたし、この時が来るのを知っていたわけです。

 

それもそのはず、私も同じ「じれったい」という気持ちを経験したことがありました。

 

高校1年の時、交換留学でカナダから女の子が一人、うちのクラスに入ることになりました。

担任が英語教諭だったのと、クラスに英語クラブの女の子がいて、その3人が仲良く(ってわけじゃないけど、はたから見たら)おしゃべりしていたのです。そこには明らかに自分が入れない世界があり、それを分けるのは「英語」でした。

 

その後、創作ダンスのグループにこの留学生を誘い、ダンスを通して何とかコミュニケーションをとりました。拙いながらも、体を使いながら伝えてとったコミュニケーションで、「何とかして伝えること」の大事さを実感した私は、ますます英語で人と話したくなりました。

 

「英語が話せれば、もっとたくさんの人と話せる」

 

その事実はとてもパワフルで、映画に出てくるようなスーパーパワー(空を飛ぶとか、怪我を治すとか)の類に感じたのです。

この交換留学生が帰った後も、ELTの先生とおしゃべりする時間を見つけたり、予備校でもリスニングの先生とおしゃべりしたり、とにかく「英語で話す」という機会を自分で探しては、生の英語を練習していました。

 

それから、

 

英語の勉強をする→伝わる→楽しい→もっと英語の勉強をする→伝わる・・・

 

というポジティブなループにはまり、やっぱり外国語って良いよね!とそのツボにすっかりとはまっている私です。

 

英語に関わらず、どんな外国語教育においても、「この人と話したい!」というモチベーションは最強です。

 

目的もなく、「英語を話せるようになりなさい」とか「日本語を勉強しなさい」と言われても、やる必要のないスポーツを本から教わっているようなもので、面白いわけがないし、続くはずがない。やはり言語はコミュニケーションの道具であり、コミュニケーションをとる面白さを知らずに、習得できるはずがないのです。

 

特に小学生なら、母語でだって、時制やら文法がめちゃくちゃになります。

 

なので、この年齢の英会話なら、文法的に正しく話すことよりも、「ねぇねぇ、これ見て」とか「何が好き?」くらいのレベルのフレーズを臆せずに言えることを教えたほうが、断然、英語スピーカーを増やすことができます。

だから、英語教育を進めたければ、日本の小学校はどんどん英語スピーカーの子どもを受け入れるべきだし、他の親たちや学校も、そのためのサポートを意識していかなければならないと思います。

 

英語を話せるようになりたい方、その英語教室の月謝を貯金して、外国旅行しましょう。

そっちのほうが断然、効果がありますよ。

 

(とか言っちゃったら、英語教室に怒られるのかしら・・・?)

 

 

みなさんの英語習得のモチベーションは何でしたか?

 

 

“英語習得に本当に必要なもの” への2件の返信

  1. おかえりなさーい。同じ時期に日本に帰ってて嬉しかったです♪ 前の記事についてですが、私は逆に日本に帰ると日本ってエコだなーって思います。もしかしてうちの母が特に環境に配慮して生活してるだけなのかもしれませんが。。。車より歩くことが多いし、洗剤や水も使いすぎないようにすごーく気をつけてるし。ハンカチ、雑巾が活躍してるし。アメリカでもハンカチ持って、雑巾も使おうっていつもこっちに戻ってくるたびにおもうけど、ついつい楽な方にすぐ流れちゃいます。
    さて、英語についての記事、私も同感です!だから、性格によって言語習得のスピードというか能力に違いがあるのかもとも感じてます。人に何かを伝えたい!!!という気持ちが弱い人は外国語もあんまり上達しないなあって思います。

  2. りょうこさん、こんにちは!
    札幌で会えるかな?と思って、連絡しようと思ったんですが、何せ天気が悪くてダメダメでしたね。
    ぜひ次回は、同じ時期に帰国したら札幌で会いましょう!!

    今回、私も歩くことを覚悟して、普段歩きなれていないうちの子どもたちにも「歩くからね!」と釘をさしておいたんですが、実際の距離ってやっぱりそんなに長くないですよね。
    実家が駅からかなり近いんですが、「あの角から実家の距離は、ターゲットの駐車場を端から端まで歩いたくらいだなぁ」なんて思いました。なので、子どもたちもそれほど歩き疲れすることもなく、ちょうどよかったです。
    私は完全にアメリカかぶれしてしまったのか、家で使うおしぼりとかハンカチとか、ちょっと嫌かも・・・と思っちゃいました。
    雑菌が増える・・・ってうちの旦那に洗脳されたのかも。笑
    なので、日本の公衆トイレでは苦労しますね。

    英語習得、同感です。
    最後の最後は性格ですよね。
    コミュニケーション力って、日英とか関係ないし、母語でおしゃべりが苦手な人はきっと外国語でも苦労すると思います。

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