前代未聞の学年度の幕開け

こんにちは、Erinaです。

とても久しぶりになってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

私は大学院が5月末に始まって以来、通常の倍のスピードで終わらせるプログラムなため、超多忙を極めています。

そんなわけで記事を書く時間も見つけられなかったのですが、そろそろ新学年が始まる時期でもあるので、書いてみることにしました。

 

コロナへの対策が州やディストリクトでバラバラな中、この国の公立学校は足並み揃わずに様々な形でスタートしています。

安全策を取っている州では完全オンラインでスタートし、2020年じゅうはオンラインで、と既に宣言したディストリクトもあります。

逆に、ライブ授業で学校を完全再開し、初日から感染者が見つかってシャットダウン、なんていう学校も。

 

いかにこの国の思想や科学への見方にギャップがあり、同じ国内でも異なるかをひしひしと感じているところです。

 

私が住むここカリフォルニアは、安全策を取る方針で、先日、州知事が、感染者数の多い郡の学校はオンラインのみという宣言をした結果、サンディエゴもやはりそのカテゴリーに入ってしまいました。

 

そこで、オンラインスクールが決定し、親や教師への負担は格段に増えました。

 

特にちびっこ。

小学校低学年はさぞ大変だろうな、と思います。

 

使い慣れたアカウントやログインならまだしも、そこからスタートするのに、先生達はどんな工夫をし、子供達の長く続かないアテンションスパンをどうやってキープし、物理的にそこにいられない授業をどうやって展開するのか・・・と考えると、高校教師の私はちょっとめまいがしそうです。

親は、もちろんのこと、子供を家に置いて仕事に行くわけにはいかないし、いくらズームで授業に参加していても、ある程度の監視は必要になるでしょうし、課題内容だって聞いておかなければならないかもしれない。

 

うちの子達は幸いにも、その年齢を超えてしまったので、春のオンライン授業も勝手に参加し、勝手に課題提出していましたが、きっとそうじゃないちびっこ達は大変だったんだろうなと察します。

 

その状況がまたやってくる・・・と頭を抱えている親もたくさんいらっしゃるかもしれないと思い、今日はこの記事を書くことにしました。

 

まず、第一に伝えたいのは、「子供達は大丈夫だから、心配しないで」ということ。

 

ほとんどの子供達にとって、このシャットダウンで受けるロスは一時的なものであり、リカバーすることができるものです。

 

例えば、ズーム授業のせいで、小学校の分数の単元がちょろっと怪しくても、その後の人生に生死を分ける影響を与えることはほぼないし、たぶんそれがやって来る前にどこかで復習するチャンスがやってくるはず。

アカデミックの面で言えば、来年かそれ以降、学校が元通りに戻った時に、先生達はきちんと復習するはずです。

 

今年、高校卒業する予定の子達のプロムや卒業式、スポーツ選手の大事な試合など、アカデミック以外のもので言えば、確かにそれをミスするのは寂しいけれど、今、世界は歴史的なクライシスに陥っているわけで、その意味を、その年齢の子供達と話し合ってほしいと思うのです。

やはり科学という偉大なものがこれだけ世界の運命を左右している時に、「プロムが…試合が…」というのは、少し見ている世界が狭いんじゃないかな?と思うし、これをバネにして、自分自身の世界への意義を見出してほしい。

 

人類はこれまでに色々な世界的クライシスを経験してきました。

戦争だってそう。

ちょうど終戦記念日の季節ですね。

同じ日本由来の人間として、戦争が原因で、同年代の子供達の生活から奪われたものを考えてほしい。そしてそういう子供達は今、この瞬間にもいるわけで。

 

今、「我慢をしていない人間」なんて、この世界に一人も存在していません。

みんな、何らかの形で(程度に差はあれど)我慢を強いられていて、希望というものを抱えて眠りにつくことしかできない。

私は学校云々よりも、世界中の親に今、そういう話を子供達としてほしいと思っています。

 

そしてほとんどの子供達にとって、その「我慢」は死活問題ではない。

 

心配なのは、死活問題の子供達です。

 

課題でとあるインタビュー動画を見ました。

ハーバード大学のパブリックヘルスの研究者のインタビューで、彼女のとある一言が胸に刺さりました。

 

「伝染病というのは、社会にある不平等や不均等を浮き彫りにする」

 

つまり、それまで表層化していなかった社会的不平等みたいなものは、伝染病というものをきっかけに、誰の目にも留まるようになった。

目に見えなかったのは、実は私たちは見ていなかっただけで、ずっと存在していたのです。

この時期にBLMが再び大きな動きを見せているのも、決して偶然じゃないのです。

 

この国には、現在強いられている我慢が死活問題になる子供達がごまんといます。

貧困・虐待・メンタルヘルス・ドラッグ・持病・移民・・・数え上げたらきりがありません。

 

「そんな子達、ウチには関係ないわ」と切り離す前に、考えてほしい。

 

彼らの親が、私たちの生活を支えていることを。

感染の危険をおかしながら、エッセンシャルワーカーとして働いている子供達がいるかもしれないことを。

私たちが安全に家から仕事をしたり、勉強をできるのは、目に見えないところで死活問題となる我慢を強いられている子供達がいるからかもしれないことを。

 

私は今回の11月の選挙で、この国のリーダーが変わり、コロナ状況下でも、人々が明日に希望を持てるようになることを心待ちにしています。

コロナという現時点で人類が打ち勝てないものだけでなく、政治という人的要因で子供達が苦しむのはもう十分です。

 

この国は、おもかじいっぱーいと方向転換する時期。

 

どうでしょうか。

 

「子供達は大丈夫」という意見に関して、とても共感できるブログ記事を見つけましたので、興味がありましたら読んでみてください。

ニュージャージーとジョージアで社会科を教えた黒人の先生のエントリーにぐっときます。

 

 

 

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