とあるレストランにて

 

単身で日本に一時帰国中。

今日はあるレストランで親戚一同が集まって食事をしている。

 

オーダーを済ませ、親戚の昔話が始まる。

食器のカチャカチャという音と、静かで穏やかな話し声がレストランの中を満たしている。

 

 

ふと見ると、向かいのテーブルには同じく親戚の食事会と見られる団体が座っていて、食事後の会話を楽しんでいるようだったが、しばらくすると、そこにいた一歳前くらいの赤ちゃんが、食事に飽きたのかぐずり始めた。

若い母親らしき女性が隣に座っていて、なんとかあやそうとするも、赤ちゃんはどうにも飽きてしまって見向きもしない。

そりゃそうだ。ハイハイを覚えて、やっと自分で動きまわれるようになった子を、何十分も一カ所に引き止めるなんて無理なこと。

 

他のお客さんたちも、そのぐずる赤ちゃんに気がついたようで、視線が集まり始める。

若い母親は、その視線を一身に受けて、迷惑をかけまいと自分の子どもをあやすことに必死になる。しかし、焦れば焦るほど、その努力は空回りしてしまう。

 

テーブルの真逆には父親らしき男性が、気まずそうに、哀れそうに、自分の妻と子どもを無言で見ている。

彼の母親(赤ちゃんの祖母)らしき人が、何やら聞こえない小言を言う。他の親戚たちも、ヒソヒソと何か言っている。

 

ついにぐずりは泣き声になり、周りのヒソヒソ声も視線も、それに比例するように強くなった。

 

そんな重苦しい時間が数分流れる。いや、数秒だったのかもしれないけれど、その息苦しさは母親が日々の子育てで感じる息苦しさを象徴しているかのように長かった。

 

 

私は自分のテーブルの会話も忘れ、つい聞こえるように大きな独り言を言ってしまう。

 

「どうしたら良いかわからないんだから、泣くのは仕方ないじゃんね。」

 

周りが一瞬静かになり、若い母親はハッとして私のほうを振り返る。今にも泣きそうな表情だ。

自分の声がいかに大きかったか初めて気づいたが、それもちょっと遅かったようだ。

 

私は自分のテーブルを立ち上がって、赤ちゃんと母親のところへ行く。

 

「ちょっと、散歩に行きましょう?」

 

そう促すと、若い母親は、驚いた表情でサッと立ち上がり、ぐずる子どもを抱きかかえた。

 

離れたところに座って、気まずそうな顔をしているのが子どもの父親。

さっき、小言を言ったのが義理の母親。

何もしないで見ているのが他の親戚。

ウェイターにいたっては、この親子のことを「迷惑な客」だなんて思っていたかもしれない。

 

何も言えない彼らを横目に、黙ってレストランのエントランスのあたりに2人と向かう。

 

エントランスのガラス部分には、デコレーションが吊り下がっていて、赤ちゃんはそれに興味を持って指をさす。どうやら大人だけの食事に飽きたのも忘れたみたいだった。

 

「こうやって、席を立っても良いのよ。無理に座ってることなんてないんだから。」

 

そう言うと、母親は機嫌の直った自分の子どもを強く抱きしめながら、泣きそうな顔でうなずいた。

 

苦しかっただろう。

 

家族の時間を壊さないようにと、席を立てなかった彼女。

「自分の子どもが迷惑をかけている」と自分を責めた彼女。

 

悔しさと、悲しさと、無力感が言葉にならないで胸に詰まっているのが見える。

 

彼女はわかっていたのだ。

幼い子どもと静かなレストランに長時間座っていれば、居心地が悪くなるかもしれないことを。

彼女はわかっていたのだ。

だから子どもがぐずらないために、絵本もおもちゃもカバンにたくさんつめてきた。

彼女はわかっていたのだ。

あの場面での正解は、勇気を出して退席することだったと。

 

 

いつから、日本はこうなってしまったんだろう?と一時帰国中の私は思った。

いや、日本とはもともとこういう国だったのかもしれない。

 

 

 

「強いママになってください。」

 

そう心の中で願った。

 

 

親戚一同に、「幼い子どもとその母親を、気を遣わなきゃいけない場所に連れ出すな」と言いたい。

義理の両親に、「『赤ちゃんを見ててあげるから、食べてきなさい』と孫の抱っこすらできないのか」と言いたい。

父親に、「子供が生まれて最初の5年は、座って温かい食事をとれると思うな」と言いたい。

 

みんな揃って、自分の子どもじゃない、みたいな顔をするなよ。

 

私はレストランに戻って、そこにいたオトナ全員にそう言いたかった。

 

 

 

 

 

そう思ったところで、私は目が覚めた。

 

そうか、私は日本から9,000キロ離れたアメリカにいる。

全て、夢だった。

 

だけどそこには、夢とは思えないような現実感と、目の裏には言葉にできない悔しさが残っていた。

 

 

(完)

 

 

 

 

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