アメリカの歴史:黒人と白人

こんにちは、Erinaです。

 

激動のアメリカです。

日本の方々も、毎日、デモが起こっているアメリカからのニュースに目を疑うこともあるかもしれません。

 

先日、我が家から車で10〜15分の町、La Mesa(ラ・メサ)でプロテストが起こり、夜には暴動になりました。

小さくて平和的だった町は、破壊の舞台に一変。

二軒の銀行は火をつけられて全焼し、グロサリーストアでは強奪が起こりました。

夜中過ぎにはその暴動が広がり、近辺の人々は眠れない一夜を過ごすことになりました。

 

今なぜ、アメリカという国の各地で、このようなことが起こっているのか?

それを今日は説明したいと思います。

 

 

“Black Lives Matter”

直訳すると、「黒人の命は大事だ」で、2013年、黒人少年のトレイボン・マーティンが白人男性のジョージ・ジマーマンに殺されたことから起こりました。

17歳だったトレイボン少年は、夜にキャンディを買った帰り道を歩いていたところ、近所の自警団だったジマーマンに遭遇。

その風貌から「怪しい」と判断したジマーマンは持ち歩いていた自分の銃でトレイボン少年を撃って殺してしまいました。

 

ここからアメリカは激動の時代を迎えます。

それまで水面下にあったこの国にはびこる「人種差別」が一気に表面化します。

 

特に多いのは、黒人男性と白人警察官という関係性で、今回の2020年のデモも、ミネソタ州ミネアポリスで、同じ関係性の事件が起こりました。

5月25日、同市で偽20ドル札を手渡していた黒人男性のジョージ・フロイドを逮捕する際、白人警察官のデレク・ショウヴィンがフロイドを押さえつけました。

そのやり方が、地面にうつ伏せになるフロイドの首を自分の膝で押さえつけるという方法で、呼吸ができない状態になったまま数分。

「息ができない! (I can’t breathe!)」というジョージ・フロイドの叫びも無視され、彼は路上でそのまま息を引き取りました。

 

この一部始終は携帯で動画撮影され、SNSを通して一気に広まりました。

2013年以降、同じようなケースで亡くなった、いや、殺された黒人男性と女性がもう何人もいたからです。

そのたびに各地でデモや警察へのプロテストが行われてきましたが、大々的な変化は起こらず、いよいよ黒人社会(ブラックコミュニティ)が耐えられなくなった、というところまできたわけです。

 

ここまでの流れを聞くと、

 

「どうして黒人だけなの?」

「アジア人の命だって大事でしょ?」

「他にもマイノリティはいるでしょ?」

 

と感じる日本人は多いのですが(私もそうでした)、やはりそれを理解するには、アメリカの歴史を知らなくてはなりません。

なので、もっともっと時計をさかのぼります。

 

1492年 コロンバスがアメリカ大陸を発見

日本の学校でも「意欲に(1492) 燃えたコロンバス」なんて覚えさせられますが、スペインからやってきたコロンバスがアメリカ大陸を発見するところは、最近はアメリカの小学校ではあまり教えられていないようです。うちの子達も小学校では教わってきていません。

やはりこれも白人視点の歴史観だからでしょうか。

 

ーこの間にたくさんの戦争と侵略ー

 

1776年 アメリカがイギリスから独立

1776年7月4日に “Declaration of Independence”(独立宣言)を出したことで、アメリカは独立国になります。これが現在の “4th of July” のお祝いです。

 

この期間の16〜18世紀に、アメリカとしての国を整えるために労働力が必要な白人達は、アフリカから奴隷を連れてきました。

それが黒人達です。それも、誘拐や人身売買という方法です。

 

この動画で、そのプロセスがいかに過酷で非人道的なものだったかがわかります。

 

奴隷達はインフラストラクチャー(道路など)の建設や、農場での労働力として使われました。

アメリカ南部に広がる、桃農場、サトウキビ農場、綿花農場、とうもろこし農場などが有名です。綿花には棘があり、靴を与えられない黒人奴隷達は足が切れ、治る前にまた働きに出かけるというエピソードもありました。

過酷な労働条件で農場労働する黒人達が、故郷を思いながら口ずさむ音楽が、ジャズ音楽(ブルース)の発祥とされています。ブルースのメロディに物悲しさがあるのはそのせいだそうです。

 

これは “12 Years A Slave”(邦題「それでも夜は明ける」)のシーン。

鞭を持つ白人農場オーナーに監視されながら働く黒人奴隷達が、合唱しています。

 

この時代に登場する有名な人物:

Harriet Tubman

Frederick Douglass

興味があったら調べてみてください。

 

 

1861年 Civil War(南北戦争)勃発

奴隷を使う農場経営をするアメリカの南部の州と、黒人の人権を重視し始めた北部の州で戦争が勃発。

TerritoriesConfederate StatesBorder StatesUnion StatesMo.Ky.W.V.KansasIowaIll.Ind.OhioPa.Indian.png

(http://www.dioramic.com/dioramic/Civil_War_Facts.html)

北部のUnion Statesが青(奴隷制度反対)

南部のConfederate Statesが赤(奴隷制度支持)

境界州のミズーリ、ケンタッキー、ウェストヴァージニアなどは戦争の前線がぶつかる地点になり、今でも過酷な歴史が刻み込まれている場所が各地に残されています。

 

 

1862年 リンカーン大統領による Emancipation Proclamation(奴隷解放宣言)

黒人の人権を守るため、アメリカ国内での奴隷制度を廃止するとして、リンカーン大統領が解放宣言を出します。

しかし、これで南北戦争は収束せず、1865年まで続きます。

 

1865年以降 南北戦争の収束と “Jim Crow law”

南北戦争が終わり、南部の Confederate軍が負けると、アメリカ憲法に奴隷制度廃止の文面が追記されます。

しかし同時に南部の州で施行されたのが “Jim Crow law”(ジム・クロウロー)という人種差別を明文化した法律です。

その内容は、

  • 黒人は白人のレストランで食べてはいけない
  • 黒人と白人が同じ時間にプールを使ってはいけない
  • バスで黒人は白人の座席に座ってはいけない

など、白人と黒人の生活を明確に分断するものでした。

つまり、「奴隷からは解放するけど、黒人は白人と同じ立場ではない」ということを強調するためのものでした。

他の州ごとの例はこちらで読めます

 

この法律をきっかけに、南部州での黒人への差別意識は強まり、侮蔑や暴力が激化します。

KKK (Ku Klux Klan) などが生まれたのもこの時期です。

 

当時の様子がこの動画ですごくわかりやすく説明されています。

これはミシガン州にある Ferris State UniversityのJim Crow Museumからです。

(7:20-8:20で、暴力的で過激な場面があります)

 

1929年 Great Depression 大恐慌

 

1931年 Scottsboro Boys 事件

大恐慌の中、アラバマ州で仕事を探しに出ていた13〜19歳の黒人青少年達が、汽車の中で白人女性二人をレイプしたと逮捕されます。

捜査の結果、女性二人の体からはそのような証拠は全く検出されなかったものの、冤罪で結局4年間も拘束された事件です。

この教授の説明がとてもわかりやすいです。

ここから、黒人とジャスティス(法)との関係性が変わってきます。

つまり、「法は黒人を守らない」ということが明確になった事件です。

 

1941年 World War II 第二次世界大戦

 

1954年 Brown v. Board of Education

教育の平等化のきっかけになった裁判です。

あの有名な Norman Rockwell の作品も、この裁判の主役 Ruby Bridges を描いたものです。

The Problem We All Live With by Norman Rockwell (1894–1978)

 

 

1955年 Rosa Parks Bus Boycott

アラバマ州モンゴメリで、有名なローザ・パークスによるバスのボイコットです。

仕事帰りで疲れていたローザ・パークスが、黒人席を白人に譲れ!と運転手に怒鳴られながらも、それを拒否したところ逮捕された事件。

これをきっかけに黒人達はバスをボイコットし、ここからアメリカの市民権運動 (Civil Rights Movement) は一気に加速します。

 

大学などでも Integration(同化運動)の動きはどんどん進む中、差別意識が残る南部での暴力も激化。

 

1963年 Dr. Martin Luther King Jr. “I have a dream.” speech

黒人達の地位を強めるため、様々な団体が作られ、市民権取得のためのデモンストレーションが頻繁に行われます。ベトナム戦争への反戦抗議なども同じ時期にあり、人々の中で「市民権」への意識が高まった時期です。

HDのスピーチを見つけました。字幕もつけられているので、ぜひ見てください。

当時の彼はなんと34歳だったということに驚きです。

 

 

1964年 Civil Right Acts of 1964

JFK大統領の死後、ジョンソン大統領のもと、黒人に限らず、人種、性別、宗教、出身地などで公的な場所や雇用の際に差別をしてはいけないという法律ができました。

Jim Crow lawも公に失効になったわけです。

 

つまり、奴隷として解放されてから、黒人達が平等な市民権を得られるまでに100年かかったわけです。

1965年、たった55年前のことです。

 

それからアメリカはどれだけ変わったでしょうか?

 

各地で黒人の政治リーダー達が登場しました。

黒人の大統領だって生まれた。

表面的な部分では、アメリカは前進してきたように見えます。

 

だけど、見えないところ(意識)ではどうでしょうか?

 

白人達の中に残る差別意識というのは、「支配する側(白人)と支配される側(黒人)」という奴隷制度からの関係性や、「白人と黒人は同等ではない」というジム・クロウ時代の名残がまだまだ残っていて、それがある瞬間、特に警察とのやりとりなど危機を感じる瞬間(ドーパミンが出る瞬間)に表面化してくる。

 

そして黒人を殺した白人警察が、「殺人罪」として罪に問われない状況が、人々の法への疑念を強めています。

 

これがアメリカの人種差別問題です。

 

長かった・・・。

 

長いです。

アメリカの歴史は年数にしてみれば、日本に比べると短いかもしれないけれど、内容は濃いのです。

たった55年前まで、黒人の子供達は白人の子供と一緒にプールで泳いだり、アイスクリームを食べたりできなかった。同じ教室で机を並べることも、一緒に遊ぶこともできなかったのですから。

 

私が言うのもアレだけど、この歴史を知ってしまうと、「アジア人だって・・・」という主張の居場所がないことがわかるかと思います。

(いや、アジア系だってヒスパニック系だってネイティブアメリカンだって他の何だって人権はありますし、歴史もあります。それはまた別の機会に)

 

ただ、今回の件に関しては、やはりこの国において黒人と白人の関係性というのはやはりレベルが違うものであり、逆を言えば、それが解決されれば、あらゆるダイバーシティへの市民権が確立されるのはもっとスムーズなのではないかと私は考えています。

 

そしてそれもまた別の記事で書こうと思いますが、今日は、この国の歴史にとどめておきます。

 

どうでしょうか。

 

“アメリカの歴史:黒人と白人” への8件の返信

  1. まさにそうですよね❗多くの日本人、特にALMでしょといってる在米日本人に読んでほしいです。BLMはスタート地点であってゴールじゃないのに、じゃあ貧困層の白人は?と言ってくる人たちのあげあしを取るような論調が多くて残念です。
    あ、新しいブログもはじめました。

  2. りょうこさーん!!

    BLMはスタート地点であってゴールじゃない、まさにそうですね!!
    アメリカに来て、ニュースを見るようになって、この国の面白さが倍増です。
    こんなに完成されたっぽい国でも、まだまだ未熟で、Work in progress なんだなと。そしてそれを変えていくのは、一人ひとりなんですよね。

    新しいブログ、リンク教えてください!!

  3. 初めまして。
    オレゴン州からコメントを送ります!

    過去の“PRIVILEGE” とは、の投稿からこちらに飛んできました。

    本当に今年は激動の年ですね。
    私の住んでいる街は毎日デモ活動が続いていますが、まだ今のところは暴動にまでは至っていません。でも毎日緊迫した状態が続いています。

    この事件が起こってから特に思う事は、教育することの大切さです。
    子供達が小さい頃から色々な肌の色を持つ人たちと触れ合わせたり、本を読んだり、音楽を聴いたり、少し大きくなってきたら何故人種差別がいけない事なのかをしっかりと教えていかないと、いつまでたっても人種差別問題はなくならない、と思いました。少なくとも私たちの世代では解決しないでしょうね、悲しいですが。
    だからこそ次世代に繋いでいくしかないのでは、と感じます。

    余談ですが、Erinaさんのプロフィールを読ませて頂きました。経歴が少し私と似てるな、と思い驚きました!私は2001年に渡米し、少しの間ですが過去に数学教員の経験があります。現在はデータサイエンスのプログラムに入る直前です。

    ブログもやっているのでよろしければ立ち寄ってみてください!
    https://note.com/yuka_murai

    Yuka

  4. 初めまして。4歳の娘を持つ日本在住の日本人です。子供に英語教育していて、Dr Suess の絵本記事から寄らせてもらいました。これまで、歴史等詳しく知らなかったし、人種差別というざっくりした問題としてみてる中でも、私自身差別は反対だし、そういうのも子供のうちに親がしっかりした考え方を子供に教えないといけないことはなんとなくわかっていたので、教えていたつもりですが、Erinaさんの今回の歴史記事を読んで、胸が苦しくなりました。アジア人だけど、日本に住んでるけど、私にも出来る事、知る事と子供にきちんと教える事が大切なんだなと感じました。とても重要で必要な情報だと感じました。ありがとうございます。早く、みなさんが笑顔になれる日がきますように。

  5. もし、「アメリカは元々ネイティブアメリカンのものだから自分達に返すべきだ!」ってネイティブアメリカンに言われたら白人も黒人もどうするの?

  6. AYUさん、こんにちは!
    コメントありがとうございます。
    日本在住とのことですが、アメリカの社会情勢や歴史に興味を持っていただけて光栄です。
    今の子供達の年代は私たち以上に世界が近しい存在になり、国や人種で線を引くことがどんどん減っていくはずです。その時に、一人の人間としてどんな準備ができるだろうか?と親として考えさせられますね。
    嬉しい時は喜び、悲しい時は泣く。
    差別をしないで人として向き合う。
    そういうものは万国共通だということを、子供達には知っておいてもらいたい。
    そのために、私たちにできることはまだまだたくさんあるなと感じます。頑張りましょうね!

  7. むらいゆかさん、こんにちは!
    コメントありがとうございます。

    今回のことで、無知でいることや見てみない振りをすることがいかに危険かを感じさせられましたね。
    人によって行動内容に差はあれど、まずは家庭での会話や日常的な考え、本当に小さなところから変化って起こると思います。
    子育てして、その影響力を私も実感しているところです。そして逆に、差別主義者達はどんな会話をしてきたんだろう?と怖くもありますね。
    でもまだまだできることはあるなと思えるし、この国でそういう希望が持てることがありがたいです。
    頑張りましょうね!

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