自分の命を絶つ権利 “Right To Die”

こんにちは、Erinaです。

 

今週の月曜、カリフォルニア州知事のジェリー・ブラウンが、ある法律にサインをしました。

それは、ドクターのアシストを得て自ら命を絶つこと(=安楽死)を選ぶ権利、つまり”Right to die”を合法化する法律です。

 

これは昨年のニュースが記憶に新しいですが、Brittany Maynard(ブリタニー・メイナード)さんという29歳の女性が、末期の脳腫瘍に冒され、自ら安楽死を選んだことで有名になりました。

ブリタニーさんは、6ヶ月の余命宣告をされたとき、カリフォルニアに住んでいましたが、当時のカリフォルニアではドクターによる安楽死は認められておらず、ブリタニーさんとご主人はオレゴン州に移住。そこでドクターによる安楽死を選んだのです。

ブリタニーさんの死後、ご主人は安楽死合法化のadvocate(提唱者)として、カリフォルニア政府に働きかけてきました。彼は本職を辞め、ブリタニーさんと生前、約束していたように、カリフォルニアでも安楽死が合法化されるようにと、非営利目的で活動してきたそうです。

 

 

今回、ブラウン知事の署名で、カリフォルニアはアメリカで5番目の州として、安楽死が合法になりました。(他の4州は、オレゴン州・ワシントン州・ヴァーモント州・モンタナ州)

 

ブラウン知事はもともと、敬虔なクリスチャンだったそうで、宗教的に言えば安楽死は批判されるべきものです。(現在はリベラルなデモクラ出身の政治家)

 

しかしながら、ブリタニーさんやご主人のストーリー、また知事自身のドクターたちとの対話やリサーチを通し、今回の合法化に署名しました。ブラウン知事は、署名において、こんなコメントを残しています。

 

“In the end, I was left to reflect on what I would want in the face of my own death. I do not know what I would do if I were dying in prolonged and excruciating pain. I am certain, however, that it would be a comfort to be able to consider the options afforded by this bill. And I wouldn’t deny that right to others.” 

最終的には、自分の死に直面したときにどう感じるか?というものが残った。耐えられない苦痛の中、引き延ばされる命というものに対して、私はどうしたら良いのかわからないだろう。そんな中で、この法律によって、自分に(安楽死という)選択肢があるのなら、それは安らかに思えるものだ。そして他の人が持つこの権利を、否定することはできない。

 

と、彼にとっても個人的で、感情的な決断だったようです。(知事、良い仕事をしたね。)

 

 

29歳という若さで、自分の命を絶つことを選んだブリタニーさんの存在は、アメリカだけでなく、世界にも反響を与えました。

 

高額な医療費が問題になっているアメリカ。家族への経済的負担も大きいです。

医療がハイスピードで発達する反面、Quality of life (生きることのクオリティ・人生の質)も問われている現代医療。

 

「生きる」とはどういうことなのか?

死を選ぶ権利は、基本的な人権か?

苦しみながら生きることよりも、命を絶つことがその人にとっては幸せか?

 

 

しばらく前に、アメ10のこの記事でも書きましたが、サンディエゴで人々の「死」というものと直面した仕事をしている日本人女性とお話したことがありました。

それまではあまり向き合いたくない人の「死」でしたが、むやみに無視できない年齢に自分自身もなってきたし、その状況で冷静な判断ができるためには、やはり日ごろから、自分をeducateしておく、話し合っておく必要があると感じたきっかけになりました。

 

今回のニュースをきっかけにまた、私は旦那と、人生の終わりというステージについて話し合うことになりました。

 

まずは、この”Right to die”についてどう思うかと言うと、私たち夫婦は賛成することになりました。

 

「苦しみながら生きながらえたくない」

 

私と旦那は、年齢も違えばどんな病気に冒されるかというリスクも違います。

医療技術も、あと1~2年待てば特効薬が開発されるのか、それとも20年待ってもクエスチョンマークなのか、決断要素は異なってくるでしょう。

 

そんな状況の中で、ゴールを持たずに苦痛の中で命を延ばすよりも、やはり残された家族が未来を向きながら幸せに生きていくために、辛くても、安楽死という選択肢があるというのはお互いにとって大事だと思えたのです。

 

「相手に命を託す」というと大げさかもしれませんが、やはり夫婦として、お互いの命に対する決断力もあるというのは、結婚は大きい責任だなぁと感じることにもなりました。

そして、「死」と向き合うからこそ、今ある命を大切にしたいと思える。いつもの日常が愛おしいと思えるようになったのです。

 

 

 

安楽死合法化のニュースにおいて、みなさんはどう思うでしょうか?

 

 

 

 

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