
性と自分らしさ
こんにちは、Erinaです。
ちょっと前のことになりますが、元オリンピック選手で、あのKardasian Family(カーダシアン家)ともつながっているBrunce Jenner(ブルース・ジェナー)が、自分はTransgender (トランスジェンダー)であることを証言しました。
これをきっかけにまた、アメリカ社会では「トランスジェンダー」であるということや、LGBTと呼ばれる性的マイノリティの人たちに注目しています。
今日は、現代アメリカ社会でのジェンダーについて考えてみます。
まず、LGBTという言葉を聞いたことがありますか?そのまま「エル・ジー・ビー・ティ」と発音しますが、
Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)
の頭文字をとって、性的マイノリティの人たちのコミュニティを意味します。
その中でも「トランスジェンダー」という人たちは、体は男性だけれど心は女性、または体は女性だけど心は男性、という人たちを指します。
先日、カミングアウトしたBruce Jennerも、体は男性、心は女性というパターンです。
私はこのニュースを聞いて感じたことは、「LGBTへの許容度は、ジェネレーションも関係している」ということでした。
どういうことかをちょっと書きますね。
「女は女らしく」または「男は男らしく」と常に強制されて育った場合、自分の体と心にギャップがあると、それは苦しいことでしょう。体という外側の性 (=sex)と、心という内側の性 (=gender)に違いがあったら、内側は満たされることはありません。
つまり、
「男の子なら、スポーツはサッカーか野球。服の色は青か緑。機関車トーマスを見て育って、ヒーローものを好きになる。」
「女の子なら、スポーツはバレエかソフトボール。服の色はピンクか紫。ミニーマウスが好きで、プリンセスものが好きになる。」
という大人が作った「箱」にあてはまらなければならないからです。
しかし実際は、ピンクが好きな男の子だっているだろうし、野球をしたい女の子だっているはずです。
それを周り、特に親が受け入れて、許してあげられるかどうかによって、自分の体と心の違いを認め、自分の決断に自信を持つことにつながると思うのです。
最近ではその傾向は強く、おそらくBruce Jennerが育った時代に比べると、子供を「性」でなく「個人」で考える時代になっている気がします。「男の子だから青とニンジャタートル、女の子だからピンクとプリンセス」という固定概念が、だいぶ弱まってきているからです。
このビデオを見てください。
アメリカの生理用品AlwaysのCMとして作成されたものです。(画面下のCCボタンを押すと、字幕が出ます)
まずは大人女性と男性たちに、”Like a girl”(女の子みたいに)とはどういうことか?を尋ねて、やってもらいます。
Run like a girl(女の子みたく走る)
Throw like a girl(女の子みたく投げる)
Fight like a girl(女の子みたく戦う)
その後に、もっと若い女の子たちに同じ質問をします。
すると、結果は大人女性や男性のものとは違いました。
「”like a girl”(女の子みたいに)という考えは、puberty(思春期時代)に形作られ、それがその後の女性たちの『自分たちはこうあるべきだ』というバイアスを作る。
本来なら、走るのも投げるのも戦うのも、もっと強くできるはずなのに、自分たちで自分たちの自信をそぎ落としている。
だから、若い女の子たちに”like a girl”であることは恥ずかしいことじゃない、と教えましょう。」
それがこのビデオのメッセージでした。
ディレクターは女性。
言葉がどれだけ私たちを制限するのかわかる実験ですね。
そもそも、私だって女だからと言って、24/7(四六時中という意味ですね)女らしいか、と言われるとそんなことは全くないわけです。笑
Power Tool(パワーツール)と呼ばれる電動工具もガンガン使えるし、運転も得意だし(自分で言うのもあれですけど)、アメフトも野球も好きです。潔いという意味で、「君はとってもmanlyだ」と旦那に褒められますが(褒められてると思いたい)、「潔い女なんて世の中にはいっぱいいるわ!」と思います。
逆にうちの旦那は料理が好きで、日曜の朝からマーサ・ステュワートをテレビで研究するし、子供の世話も大好きで、5歳の娘とティーパーティ(お茶会)ごっこもします。家の中で一番大事な場所はキッチンだそうです。
誰しも「男性性」と「女性性」を兼ね備えており、場面に応じて使い分けることを許されるべきだと思いますし、同時に、自分らしくあること(Being myself)を大切にし、それと同じくらい他人にも寛容でありたいものです。
どうでしょうか。