母と娘
こんにちは、Erinaです。
今日は、母と娘ということについて書いてみたいと思います。
私は子供の頃、母の言動をきっかけに、ひとりで自立しなくては!という思いが強くなり、それは結局、日本を飛び出してアメリカに住みついてしまうくらいのエネルギーをもたらした。
今、自分が親になって、親の影響というのは大きいのだなとつくづく思っている。
今年、受け持った生徒たちは、本当に複雑な家庭環境を持っていた。
普段のクラスよりも少人数制だったため、一人ひとりと深い関係を築くことができた分、そういう面も知ることができた。
それこそ少年院上がりの子や、ドラッグディール、学校で大麻、喧嘩で退学など、いわゆる「問題児」と呼ばれるのは男子生徒ばかり。
大人に文句があれば、物を壊したり、言い返したり、わかりやすい。
しかし、話し合えば素直に響くのもやっぱり男子で、時間と目に見えるエネルギーが、その関係をだんだん変えていく。
逆に難しいのは女子生徒。
その中でも、特に難しい女子に共通しているのは、決まって、「母親との関係が上手くいっていない」ということだった。
母親が不在
母親が子育てに関わっていない
母親が不安定
などは、女子生徒たちの大人との信頼関係にものすごく影響を与えていて、それはアカデミックな面に最終的に現れていた。
彼女たちは自分から攻撃的なことはしない代わりに、「近づくと噛み付いてやるわよ!」という子猫達のようで、自分の深くて弱い部分に触られるのをものすごく嫌がる。怖いのだ。
そして助けを拒む。
愛されたり、許されたり、受け入れられたり、助けられるということに慣れていないティーンの女子達。
私は彼女達を見て、自分を何度も反映させた。
愛されたい。
許されたい。
受け入れられたい。
助けられたい。
素直になりたい。
でも、怖い。
だってもう、何度もそれに失敗しては傷ついてきたから。
一番それをやってもらいたかった相手(母親)から、やってもらえなかったから。
いつか彼女達は、どこかでそういう気持ちに見切りをつけなくてはならなくなる。
私もそうしたように、時間は元に戻せないことを実感し、理解し、自分の足で立って歩き出さなくてはならない日がやってくる。
過去の自分を抱きしめて、「大丈夫だよ、私があなたをちゃんと愛してる」と言って、歩き出す日が。
何人かとはそういう話をしたけれど、「タイミングが今ではないな」ということや、その気づきをもたらす役割は私ではないことを感じた。
誰にだって、人生の教訓を知るのに、最適なタイミングがある。
だからそれまでは、私は見守るしかできない。
そういうプロセスの中にいるすべての女性達へ、以下の言葉を贈ります。
娘の立場の人たちへ
あなたの母親は、「母親になる勉強」をせずに母親になりました。
というか、そんな勉強は誰もしていません。
教科書もテストも宿題もないまま、「母親」になりました。
いきなり入試本番みたいなものです。
あなたの母親は、自分の母親(つまりあなたのおばあちゃん)というロールモデルしかいません。それを元に、「これは正しい」とか「これは悪い」という判断基準しか持っていないのです。
それがあなたにとって正解かどうかは、誰もわかりません。
あなたが決めることです。
あなたの母親は、それがベストだと思ってやっているけれど、本当にベストかどうかは、あなたが大人になった時に決められます。
その時は、母親のせいにせずに済みます。
だからその時のために、準備してください。
学校の勉強でも、スポーツでも、仕事でも、母親のせいにしなくて済むように、強く、賢く、たくましくなってください。
母親の立場の人たちへ
あなたの娘はあなたを見ています。
見ながら、「こういう女性になりたい」と「こういう女性にはなりたくない」の間で揺れています。
あなたを誰よりもジャッジします。
言葉遣いや日々の行動、着る服から食べるものまで。
なぜなら、娘にとって、あなたが何よりの情報源だからです。
繕ったり装う必要はありませんが、娘に見られているという自覚を持ってください。
あなたの娘はいつか、世界を変える人間になります。
本音で接してください。
自分が言ってもらいたかった言葉を、娘に言ってください。
それは娘が聞きたい言葉です。
バトンは今、あなたが持っています。
彼女があなたのせいにしなくて済むように、強く、賢く、たくましく愛してください。
この世界に生きるすべての母親と娘達に、心の平穏が訪れますように。