私が辛い辛い駐在生活4年間を全うした理由

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久しぶりに記事を書きます。

 

こちらで投稿するのは初めてですので、皆さんはじめまして。

シアトルで4年間、駐在妻として生活していたKazumiと申します。

 

 

 

– Prologue –

もう、あの当時からは10年くらい経ったんじゃないかと思うくらい、今の日本での生活は当時のものとは別世界です。でも、実は毎日毎日の隅々に当時の名残もあります。

 

私が辛い辛い思いをしていた話は、姉妹サイトの アメリカで10倍うまく立ち回る方法 で読んでみてください。こちらの記事は、アメリカだけではない、しかも駐在というわけでもない、世界中にいるたくさんの悩める妻たちから共感を得て、いまだにちょこちょこコメントをいただきます。

もし今身近に悩める妻がいましたら、紹介してあげてください。日本国内でも、夫の転勤で縁もゆかりもない土地に来たという状況は、まったく同じだと思います。皆さんが書いてくれたコメントを読むだけでも、頑張っているのは自分だけじゃない、と勇気をもらえるかもしれません。

 

 

– 本題 –

私があれだけ辛くて寂しい思いをしても4年間を全うした理由・・・それは・・・

 

見栄っ張りだからです(笑)

 

だってね、日本に一時帰国しようものなら、

  • 子供が熱を出して病院に行きました、保険証がありません
  • 子供服のお店で会員になります、住所も実家のものを借ります
  • 新しく出会った人に「帰省中」というと、「お住まいはどちら?」と聞かれ、「ちょっと遠いんですよ」と濁すと、「そうなの、うちも福岡でね(遠いって言ったって、うちより遠くないでしょ、と言わんばかりのドヤ顔)」と挑戦されるので、「いや〜、それは遠いですねー!!うちはシアトルなんですよ。」とカウンターアタック(笑)

 

という具合に、シアトル在住という個人情報はいとも簡単に流出します。(自分で言ってるだけ。笑)

 

そうすると、必ず言われる言葉

 

「すごいですねー!!」(羨望のまなざし)

 

「えー!すごーい!英語ペラペラですね!!」

 

「かっこいいー!!」

 

「もしかしてお子さんもアメリカ生まれですか!?」

 

「えー、お子さんバイリンガル??羨ましい〜!」

 

 

みんな、きっと心から湧き出る言葉をかけてくれているんですよね。

すごいと言われることは嬉しいです。

でも、それを鼻にかけたくない。気取ってるとは思われたくない。

 

だからだいたい

 

「英語ペラペラですか??」 → 「得意なフレーズは“エイゴワッカリマセーン”ですよ」

 

とか

 

「お子さんバイリンガルですね!」 → 「そうですね、大好物の“ミルク!”しか言いませんけど。笑」

 

なんて、冗談めかします。

 

 

しかもウケるのが、「今回の帰国は何年ぶりなんですか?」と期待たっぷりの質問に、「さ…3ヶ月ぶりです」と申し訳なさそうに答えると、キラキラしていた顔が「なんだ、結構頻繁ね。」と、一気に曇り空(笑)

 

でもそれが帰国の度に起こると、もう面倒くさい。そして冗談言うのも疲れる。

 

駐在なんて、今の世の中たくさんいるよ。しかも、駐在=幸せな専業主婦っていう図式は、誰が作ったの?

実態は、アメリカで子煩悩な父親がそこら中に溢れている中で、夫が激務の中、公園で母娘の組み合わせはうちだけ、ホームパーティーに誘われれば旦那なしはうちだけ、周りは子供の抱っこを交代できるパートナーがいて、同じ日本人妻でも、英語のジョークについていけないときに優しく解説してくれるアメリカ人旦那様がいるのといないのとでは、この疎外感は大きく違う。

 

でも、道行く人に、駐在ってどうですか?って言われて、

 

「旦那がいなくてほぼシングルマザー。アメリカに住んでたって、雇用主は日本企業だから毎日残業、帰宅するのは仮眠を取る数時間だけ、日曜も日本が月曜だからと業務の指示出しで家から仕事。なんで私は毎日こんな孤独な思いをしなくてはいけないの!?英語だってもう聞きたくない話したくない、心から溢れる言葉を日本語で自然に話したい!!!そしてそれを聞いてくれる友達や家族が欲しい!!!」

 

なーんて泣きつけないんですよ。むしろ逆ギレ。笑

 

でもそんな一時帰国を重ねるうちに、 駐在妻=ラッキーで幸せな専業主婦 になってみたくなりました。

見知らぬ人の期待に応えたいし(笑)、嘘じゃなく心から楽しんでシアトル話ができるようになりたい、と気持ちに変化が表れたんですね。

 

もちろん寂しい瞬間っていうのは、帰国するその日まで絶えません。でも、自分の寂しい思いを話すよりも、友達(アメリカ人8割、日本人1割、その他外国人1割…このratioは書く必要ないかとも思ったんですが、現実のイメージが湧きやすいように)の話にたくさんたくさん耳を傾けるようになりました。

そこからですね、一緒にプレイデートしたり、ランチに行ったりしていた友達が、自分の中の“親友”というカテゴリーに入り始めたのは。

 

気づき始めた瞬間です。

 

「アメリカに住む日本人だから」ではなく、誰も彼も、結婚して子供を持って初めての子育てで、旦那さんと衝突したり子供が泣き止まなくて自分が泣きそうになったり、うまくいかない日々なんて当たり前。

 

人生でたくさんの人に出会いますが、それをただの人生のラインが接触した1点のままにしておくのか、その接触ポイントから、2人の人生ラインが離れないものにできるかは、本当に自分次第。

彼らは私の悩みを聞くためにいるんじゃない。

彼らにも家族、生活、どうしようもない環境があって、悩んでいるのはみんな同じ。

それをどういうスタンスで解決していこうとするかが、私が大きく間違っていたポイントですね。

 

悩んだときに、心の声を聞いて受け止めてくれる友達がいて、悩んでいる友達のためにすぐに駆けつけてあげられる自分で、子供同士も仲良しでよく遊ぶので、1日のうちのぐずり時間も減るしお昼寝もしっかりするし、良いことばっかり。

 

だから “4年間を耐え抜いた” のではなく、“4年間を楽しんだ” と今は胸を張って言えます。

 

辛かったfirst halfも、その日々があったおかげで、大切な「人間らしいコミュニケーション」を学べて、一生付き合いの続く友達がたくさんできました。

 

 

「4年も駐在してたんですか!?すごいですねー!!」

 

「そうですね〜、人が思うほどゴージャスな生活ではないですけど(笑)、機会があればまた戻りたいですね(^_^)」

 

 

 

the 勝ち組です(笑)

 

 

– Epilogue –

私の 「あの記事」 にコメントを付けてくれる人たちはきっと

 

「寂しすぎて、もう日本に帰りたい。けどどうにかして楽しい毎日に変わるなら変えたい。でも、どうしたらいいのかもう分からない」

 

っていう状況なんだよね。

それで、もう手は尽くした、私はアメリカに合わないんだって焦って結論付けて、帰ってほしくないの。

 

だってこれを乗り越えたら、本当に本当に、毎日の生活だけじゃなくて、人生が変わるから。

 

 

– 次回予告 –

「離婚を心に誓ったけど結局しなかったわけ(仮)」

アメリカの生活は楽しめるようになったけど、本当に辛いときにそばにいてくれなかった旦那様 -太郎ちゃん- との“心の溝”、“家族としての不信感”が拭えないまま帰国に至り、とうとう離婚に向けて動き出すのです。(注:離婚してないよ!)

 

 

 

この記事に関連して、Erinaがこんな記事も書いてみました。

「外国生活、帰りたいときは帰る強さ」

も読んでみてくださいね。

 

 

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18 Responses to “私が辛い辛い駐在生活4年間を全うした理由”

  1. avatar

    Tomomi

    Kazumiさんのこの記事を読んで、まさに私の1年目の苦労がよみがえり、そして、2年目に入り、少しずつ前に進みだした自分の変化にも気付くことができました。
    ありがとう、Kazumiさん!

  2. avatar

    Kazumi

    Tomomiさん
    コメントありがとうございます!
    人は頑張った分だけ、心から笑えるようになると思います。いつか、ぜひTomomiさんのサクセスストーリーもシェアしてください!

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    Erina

    自分の中の気持ちの変化を、こうやって文章に表せるカズミは本当にすごいね。
    オープンマインドで、自分に素直に、成長している証だよね。
    カズミの言葉がきっとまたいろんな人の心に届いて、癒してあげるんだろうなぁ。

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    タツヤ

    かなりグサッとくる内容で、色々考えさせられました(「人が勝手に描く自分に対しての印象の一人歩きは怖いな」と「当然個人差があるが、人が後ろ向きから前向きになるきっかけとは」などなど)…

    グサッときました。

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    Rita

    初めまして。Kazumiさんと同じ場所に引っ越してきてもう少ししたら1年経ちますが、寂しい、帰りたい気持ちで今もいっぱいです。日本に戻ることはもうない私は本当にこれから先このまま独りなんじゃないかと不安で押しつぶされそうです。私はまだまだ努力が足りないんだと思います。Kazumiさんのように外に出ないと何も始まらないだろうなと改めて気づかされました。来年の今頃は少しは進歩しているかな…

  6. avatar

    Kazumi

    Erina
    いつも褒めてくれてありがとう♡
    どこに行っても、他人の200倍ピュアだとか素直だとから言われるけど、本人はただただもがいてるだけという(笑)
    記事を書くチャンスを貰えるだけで、改めて自分の気持ちに向き合えるよ。

  7. avatar

    Kazumi

    タツヤさん
    コメントを見逃してました、すみません…こんなカッコイイ、ズバリなコメントいただいてたのに…

    印象の一人歩き、正にそれ、常日頃から身の回りに溢れてますよね。自分が気づかぬうちに、悪気なく他人にプレッシャーを与えてしまうことがないように、気をつけるばかりです。

  8. avatar

    Kazumi

    Ritaさん
    コメントありがとうございます!
    1年なんて、まだまだ辛いです(笑)大丈夫。何もできないまま1年も経ってしまった…そんな思いに、さらに胸が痛くなるんですよね。めっちゃ分かります。でも、人生80歳まで生きたとして、たったの1年です。この先2〜3年費やしてしっかりアメリカの土台を作ったら、その先何十年って幸せです!しかも期限がない分、ゆっくりのんびり動けます!
    外に出たくないときは、出なくて良いです。私はひたすらugly bettyとSATCと、グレアナ(その他諸々)を観てました。それでめっちゃくちゃ英語力が上がりました。もしかしたらRitaさんは英語力は求めてないかもしれませんが、実はこれらのドラマシリーズを観ることによって、私の1番の助けになったのは、街で見知らぬ人に声をかける方法です。そして、その会話を楽しむ方法。アメリカ人は口から生まれた人種です、会話を制すればアメリカを制します(笑)

    大丈夫、じっくりと時間をかけて自分のスタイルを煮詰めていけば、美味しくなったRitaさんを一口味見したいと、周囲が美味しい香り(楽しい雰囲気)に釣られて寄ってくるようになります!本当です。
    「こんな時、Kazumiちゃんならどうするだろうか?」なんて気になることがあったら、いつでもコメントください!I’m here for you(^_−)−☆

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    kurumi

    初めまして。私は今オーストラリアで駐在妻しております。まだ来て一年経ってません(その間三カ月も日本に一時帰国しました)2歳近い息子と協力的な夫、不満がない幸せな家族なのにとても毎日つらいです。夫に不満ばかり言ってしまいます。こんなこと言いたいわけではない、どうしたらいいかわからない。そんな時に読ませていただき、励まされました。ありがとうございます。

  10. avatar

    Kazumi

    kurumiさん!
    声を上げてくれてありがとうございます!!今、不安と辛さと、もしかしたら自己嫌悪の海に溺れそうな状況かと思います。でもここにコメントを残してくれたことで、他にも読んでくださっている方たちは、確実に心強く思われています。だって、1人ぼっちじゃないんですから!たぶん、ご主人に話されている不満は、本当の声ではないんです。心が迷われている時なので。だから、スッキリしないし解決もしないし、なのに分からないモヤモヤした気持ちをぶつけ続けることに、自己嫌悪に陥ってしまう…。すごく苦しいんですよね。どうかご自分を責めないで、旦那さんには思い切り甘えて、息子ちゃんと思い切り笑って下さい。
    私は娘が同じ年の頃、毎日泣いてました。そしたらその度に、ティッシュを取って来てくれるようになりました。娘がいなかったら乗り越えられなかったと思います。でも、娘がいたから、乗り越えられました。
    きっと息子ちゃんは、kurumiさんに幸せを運んでくれます。幸せな気持ちを思い出させてくれます。心穏やかに過ごせるようになるまでは、旦那さんの頑張りどきです!
    これって駐在妻が心得る覚悟ではなくて、妻を自分の仕事の都合で世界に連れまわす夫の覚悟であり、1つ1つの家庭に試練を与える会社の責任でもあります。
    でも、せっかく素敵な国に来られたんですから、「はい、もう無理です!」っていう日が来るまで、もうちょっともがいてみましょう(*´꒳`*)もがくのつかれたら、またちょっと帰国して、雪見露天風呂とか入ってみちゃいましょう(笑)
    大丈夫、kurumiさんの気の向くままに過ごせばいいんです。そしたらいつの間にか、kurumiさんらしく乗り越えられる日が来てますよ!

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    yuu

    私も今3年半近くが経っても、時々襲ってくる寂しさ、孤独さ、日本に帰りたい気持ちはなくなることがありません。だからこのブログに辿り着いたわけで(笑)だから同じ気持ちの人がいるんだーと思えて少し落ち着きます☺️kazumiさん、ありがとうございます。本当に辛い日々だけど、何とかやりきりたいって思って、心を前に向かせるわけです。ポジティブシンキングなんて、言葉じゃ片付けられない日々の時もあるし、でもやっぱり異国でなければ出会えていなかった貴重なお友達もいるわけで。そして、アメリカ人に限らず、明るいインド人ママや我々より経済状況は大変であろうアフリカ系移民の人達でも前向きな人生設計をしているママから刺激をうけてなんとか踏ん張ってみようかなというかんじです。

  12. avatar

    Kazumi

    yuuさん
    yuuさんも、コメントありがとうございます!思いをシェアしてもらえるだけで、また1つ、みんなの心の支えが増えました!やっぱりいつになったって、ホームシックにはなります!だって、自分が育った家や大切な家族、”ホーム”があるんですから。仕方ない仕方ない。大丈夫大丈夫。今一緒に苦楽を共にしている家族との絆は、見えないうちに強く強く育っています。そしていつか今いる場所を離れるとき、もしくは離れたときに気付くんですよね。「あ、いつのまにか、ここも自分の”ホーム”になってたんだな」って。

    人との温かい関わりや、ちょっとした嬉しかったこと、驚いたけど勉強になったこと、いろいろ積み上げたら、その全てがかけがいのないものに変わる日が来るんですよね。

    みなさんがこの記事にたどり着くということは、ハッピーな毎日にしたくて、その術を模索しているということです。ということは、改善したいという、とても前向きな気持ちがある証拠なんですよ!!変わろうとして、一歩踏み出して、既に変わり始めてるんです!

    私は心配してません!一生懸命な人たちだから、きっと幸せな毎日を掴むまで、上手に乗り越えていける頭の良い女性たちだと知っているから。

    だから、大丈夫!!

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    sally

    とっっっっっても心に響きました。
    約1年の駐在の休憩で2カ月一時帰国。そしてまたアメリカに来たばかり。
    自分では収拾のつかないほどに寂しさが襲ってきています。…いました。
    とても前向きになれました!!!ありがとうございます。
    今の寂しさや、夫が多忙なことへのイライラ、自分の再就職についての不安や、将来の妊娠への不安。諸々が重なり、離婚して一時帰国という手もと考えていました。。。
    今はもう違います!光をありがとうございます!
    また詰まった時にはこちらの文章を読ませていただきます!(>_<)

  14. avatar

    tomo

    はじめまして。

    もう少し、いや、こちらのブログに早く出会いたかったです。
    駐妻をした頃息子は大学受験を控えていたにも関わらず、夫がどうしても私に着いて来て欲しいと。
    中高一貫校に通っていた娘と3人で欧州へ向かいました。

    息子も納得して私の実家で受験勉強。
    何と酷い親だと思われても致し方ない。夫は何を考えていたんだろう。
    私はもっと頑なに単身赴任して欲しい旨を夫に訴え続けなくてはならなかった。

    今振り返ると、上手くいくわけがない思いや現地の奥様方から理解を得られる筈がないや。

    今となっては後悔あとを立たずです。

    本帰国から5年経つ今も胸の片隅に上手く振る舞えなかった自分に苛立ち、しこりが残っています。

    乱文散文すみません。
    私と同じ気持ちの方の文を読ませて頂き、心が温かくなりました。

    ありがとうございました!

  15. avatar

    Kazumi

    sallyさん、tomoさん
    こんにちは、コメントありがとうございます。お返事が遅くなり本当にごめんなさい。ちょっと忙しい日々でした。どれくらい忙しいかというと…

    6月に夫・太郎の転職が決まり、7月に引っ越し、8月に第二子を出産しちゃったくらいバタバタしておりました。やっと生活が落ち着いてきて、怪獣たちが深いに眠りについた夜更けに、パソコンに向かう時間が持てるようになってきました!

    sallyさん、とても心前向きな方、もう今頃人生バラ色になっているかも??コメントに離婚という言葉がありましたが、わかりますよ。本当に。私、完全帰国した後も3年は離婚届を隠し持っていました。詳細は次の記事で書きたいと思っていますが(と言いつついつになるか…汗)、完全に乗り越えたなと思えるようになったのは、たかだか2年前。今回の引っ越しも、もちろん主体は太郎さん。国内ですが、今まで全く知らなかった日本の別の顔というか、ある意味カルチャーショックをたくさん受けていて、マタニティブルーのせいにして枕を濡らした日もあったりなかったり…でも気持ちの深い部分で、太郎さんなしの生活はちょっと考えられなかったので、新しい生活をいかに楽しい物にできるか、自分のクリエイティビティにチャレンジ!という、アドレナリン出てる間にこの新しい街を好きになろう!!と決意しました。今はこのクセのある街、出会う人皆キャラが濃くておもしろい!既に好きと思って暮らせるようになりました。ポイントは、太郎さんと『一緒に』乗り越えてるというところでしょうか。シアトル時代は、旦那さんは仕事という人生、私は家庭という人生を、同じ屋根の下で別々に暮らしていたような気がします。心がまだ家族になれていなかったんですね。
    sallyさんのご主人も多忙とのことなので、きっとご主人も辛い部分があるとおもいます。どうにかこうにかして会話を持ち、悩みを共有し合ってアメリカ生活に対する気持ちを同じレベルにできると、『一緒に乗り越えていくこと』に、一歩近づくかな?と想像します。既に楽しい毎日を過ごしていたら、どうかこちらでシェアして下さい!!ハッピーストーリー、聞きたいです!!

    tomoさん、もう既に帰国されているとのこと。辛かった時期を思い出すと、どうにもならないくらい胸がモヤモヤする気持ち、分かります。過去の出来事、消化しましょう!大丈夫、その辛い思い出も、温かいものに変えましょう!!きっとその当時、ご主人も不安でいっぱいだったんではないでしょうか。それだけでなく、外国に住むということは、みんなにとって大きな壁になりうることです。でも、お子さんたちのことを考えても、若いうちにそれを経験することはきっと大きな力になりますし、みんなで乗り越えていきたかったのかな?と想像します。それと…tomoさんのことが大好きで、そばにいてほしい、いてくれないと自分の人生つまらん!!という男性ならではの甘え?笑
    それは時として女性を拘束してしまう強い魔法を持っています。女性は男性の何倍も精神が強いから耐えてしまうんですよね。相手を思いやる強い思いが自分を犠牲にしてしまうこと、多いと思います。でも私が凄いなと思うのが、ご家族で話し合われて日本に残る決断をされた息子さん。それを強制して全員で渡航することもできたと思うんです。きっと良い経験になるからと。しかも日本にお子さんを残しておくということ、親御さんにはとても勇気のいることで、子供との信頼関係がないとできないことだと思います。それだけしっかりされてた息子さんと、その意志を尊重してあげられたtomoさんご夫婦、とてもすばらしい連携プレーだと思うのです。現地の奥様たちは、家族ではありません。どんな決断でも応援してくれるのが友達なら、そうでなかった方達は残念ながら、ただのゴシップガールズです。気にしてはいけません!そのことで心に傷が残っているなら、それは忘れて大丈夫です。だって、この先一緒に住むわけでもないし、自分が困ってても助けてくれる存在ではないから、(こんな言い方失礼ですが)tomoさんの人生に必要ないんです。
    きっとこちらのコメントに書かれている数百倍、心揺れる出来事だったのだと思います。でもそれは、責任感が強く、ご主人への深い思いやりをもったtomoさんだからこそ悩み続けてしまうのでは?逆に言えば責任感の強いtomoさんだからこそ、その当時できるベストな決断をされたんだと思います。後悔してはいけません!それ以上できることはなかったはず。だから今できることは、当時のご家族としての挑戦に、みんながそれぞれの場所で頑張ったことに誇りを持ってあげること。そしてtomoさん自身、ご自分を責める必要は全くありません!奥さんとして、お母さんとして、できることを精一杯やってこられたこと、ご自分を褒めてあげてください。お母さんっていう役割は本当に大変だと思います。家族全員の悩みがのしかかって重いです。超ヘビー級。でもそれを乗り越えたtomoさん、スーパーお母さんですよ!私も見習います!!最高の家族の応援団長になれるように!!

  16. avatar

    ゆみ

    駐在 離婚 辛い で、検索して出て来たので読ませてもらいました!
    現在、夫の駐在についてきていて、夫は仕事仕事仕事で、子供の面倒一切見てくれません。不満が最高に溜まってます。
    後から考えたら、良かったって思えるのか、今本当に辛いですー涙
    同じように辛い思いしてる人がたくさんいるんだなーがんばろー!と思えました!
    ありがとうございます。

  17. avatar

    Kazumi

    ゆみさん
    こんにちは、コメントありがとうございます。
    お気持ちよくわかります。旦那さんさえ側にいてくれたら、子育ての大変さを愚痴ったり、子供の可愛さを共感したり、いつも1人の方にのしかかってる子育ての責任が少し軽くなったり、時には1人の時間をもらったり、ただ隣に座ってくれてるだけでも心の安心感って違うのに、その「側にいてほしい」というシンプルな願いは全て旦那さん次第で、自分ではどうにもできないことがまた苦しいんですよね。

    後から考えて良かったって思える日まで、どれだけの年月がかかるのか、はたまたその日まで頑張れるかどうか、環境にもよるし、きっとお子さんのやんちゃっぷりにもよるし(笑)本当に人それぞれだと思うんです。

    もし日本に受け入れてくれる家族がいるなら、時々帰ってみて、ぜひ息抜きしてください!どちらにしても駐在の時に陥る状況は、どなたの場合も長期戦です。ゆるくながーく!

    私の旦那さん太郎ちゃんは、帰国するまで仕事と家庭の比重は変わりませんでした。むしろ帰国しても変わりませんでした。この記事に書いたときの私の状況は、あくまで自分の気持ちがポジティブに切り替わるまで2年で、その後太郎ちゃんが変わるまで4年はかかりました。結婚7年目で、太郎と私の家庭を大切にする意識が同じレベルになった時、心から幸せを感じられるようになって、あの時諦めなくて良かった、ここまで頑張って良かったって思えました。それまでは毎日毎日半信半疑(笑)

    その7年は、頑張り続けてはいけません!疲れてしまうから。だから息抜きしつつ、ゆみさんのペースで乗り越えていくことがとても大切だと思います。

    心も体も壊さないように、このホリデーシーズン、ゆみさんの気の赴くままにのんびり過ごしてくださいね。ひとりぼっちじゃないですよ!応援してます!

  18. avatar

    Kimmy

    はじめまして。中東の某後進国で駐在妻をして一年近くになります。夫は出張ばかり、子供がいないので基本「ぼっち妻」です。安全面から行動に制約が多く、英語もほとんど通じません(現地語はある程度できます)。ネット環境も最悪です。

    中高年のため、「無職」だと思うと言いようのない不安が押し寄せ、また、何かしていないと、どこかに所属していないとダメなんじゃないかと自分で自分を追い込んでいました。集団行動が苦手な場合、日本人が少ない場所では特にこの不安感は大きいです。
    ふと「これって私だけ?」と思い、検索しておじゃまさせていただきました。

    でも基本的に地域に関係なく、悩みは似通っているのだなと勇気づけられました。このサイトを作ってくださって、本当に有難うございます。
    特に、帰りたいときには帰ればいい、という一言でとても安心しました。そうですよね。
    それと、日本人社会の外にも友達を作ろうという元気が出てきました。別な国からきている奥様方とも、交流を持てるように動いてみようと思います。ありがとうございました。

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