
子どもを二人もって学んだこと
こんにちは、Erinaです。
世の中には、様々な家族の形があります。
「血縁」というものを大事にする日本文化に比べ、アメリカのようにもっとプラクティカルに同居する存在をファミリーと考える人もいれば、ラテン系や東南アジア系のように「町中みんなファミリー!」みたいな文化もあります。
私も自分の生まれ育った故郷を離れ、アメリカにやってきて、ホストファミリーという血どころか文化も言葉も違う留学生たちと生活し、30も年の離れた旦那と結婚し、子どもが二人生まれ、「家族ってなんだろう?」と考えることが増えました。今では、私なりの「家族」という言葉の定義もできたし、世界に存在する様々な家族の形も、それぞれに素晴らしさがあると思っています。
10年前は、まさかこの年齢で小学生の子どもを二人持つことになるとは思わなかった私ですが、実際に二人の出産と子育てをして、日々、感じることを書いてみたいと思います。
私は一人っ子シングルマザー家庭で育ちました。
3歳上の同じく一人っ子の従姉がいて、小さい頃は一緒によく遊びましたが、「姉妹」というほど近いわけではありませんでした。
周りには兄弟姉妹がいる家庭のほうが多く、「一人っ子は良いね」とか「一人っ子だからわがままでしょ」というステレオタイプに囲まれていました。
この記事では一人っ子だからどうのとか、二人兄妹だからどう、ということを書きたいわけではなく、私自身が初めての子育てで感じたこと、発見したことを書いてみたいと思っています。
私が結婚して、二人めの妊娠がわかったときに悩んだことは、「二人の子どもってどうやって育てるの?」でした。
「家に二人(以上)の子どもがいる家庭」というものを見てこなかったからこその疑問です。
そこで思い出したのが、母がまた聞きしたという20年前のある会話でした。
ある日の仕事帰りの地下鉄で、女性二人の会話が私の母の耳に入ってきたそうなのです。女性たちは40~50代くらい。
女性A:「上の子って色々と(親のほうが)気にしてしまうわよね。」
女性B:「そうなのよね~。うちも、上の子が『おなかが痛い』って言ったら、『どうしたの?』って聞いてたけど、下の子が生まれてからは、『夕飯を食べたら治るわよ』で済ませちゃう。(笑)」
女性A:「そうそう。(笑)」
と、兄姉を持つ方には衝撃的な内容かもしれませんが、雰囲気はいたって微笑ましい会話だったそうです。
この会話には「子どもを複数持つ母親の心構え」が濃縮して取り込まれており、20年経って、「兄弟姉妹ってどう育てるんだろう?」と悩んだ私の肩の力を抜いてくれたのでした。
二人の子どもが小学生になった今、この心構えは私の中で妙にフィットしています。
それは下の子に対する愛情の欠落でもなんでもなく、母親としてどーんと構えるために必要な考えだったのです。
第一子であるうちの息子は、何事にも慎重で、理論や背景を知らないと取り組もうとしません。これは私たち夫婦が、おそるおそる初めての子育てをしてきた反映でもあるのかなぁと思わされるところがあるし、そういう意味で彼は常に大人と子どもの間を行ったり来たりしています。
第二子であるうちの娘は、冒険と挑戦を人生の目的として生まれてきたような子どもで、計画という単語は彼女の辞書にありません。人生行き当たりばったりで、親からの期待は良くも悪くも低い。言い換えれば、「超子どもらしい子ども」です。
子どもが二人いると、二人とも全くの別の人間で、「ウチの子はこうあるべきだ」というものがかなり緩くなります。「みんな従うルール」という最低限の家族ルールを除いては、個人の人格に対して「こうあるべき」というものが通用しません。
ホットチョコレートにマシュマロを入れたくない長女と入れたい長男。
サラダにフルーツを入れたい長女と入れたくない長男。
料理番組が好きな長女とサイエンス番組が好きな長男。
朝は寝起きの悪い長女と朝からご機嫌な長男。
「どっちが正しい」なんて決められませんから、親として「どっちも楽しもう」と思えるように努力しました。
同じ親から生まれてきたのに、180度違う人格の子どもが二人生まれ、私はどこかで「腹痛は夕飯を食べれば治る」と言えるあきらめというか、線引きが必要だなと感じました。
同時に、上の子も下の子も自分らしく育つために、親もこうやって手探りで迷ったり悩んだりするということを、初めて知ることになったのです。
私たち夫婦の場合、もしウチの子どもが長男だけだったら、きっと「こうしなさい、コレはこうじゃなきゃダメ」ともっとガチガチだったかもなと思います。長男は「オトナ扱い」されるのが好きだし、できなくても、それに応えようと知らず知らずに自分に色々なプレッシャーをかける子どもだからです。
そう思うと、娘の登場は、我が家のそういう緊張した雰囲気や期待感を一気に緩めてくれたし(なにせ、計画通りに行く子どもじゃない)、下の子どもにはこういう役割もあるんだなと気づくことになりました。
それは、病院から生まれたばかりの娘を連れて帰ってきたときに目撃することになりました。
玄関のドアを開けると、1歳半の長男が生後3日の妹を迎えました。
カーシートにすっぽり埋もれている小さな妹を見て、「ナンジャコリャ?」と純粋な好奇心と愛情を向けた長男。
その瞬間に私は、「あ、この子(娘)が生まれてよかったんだ」と直感的に感じたのです。
当時はこの静かに眠るベビーが、今のようなバブリーなおサルさんになるとは思ってもいませんでしたが、どんな形であれ、ウチの家族は収まるべき場所に収まったな、と思えるようになりました。
そして、最終的には自分の子どもを信じること。
自分の子どもを信じるということは、自分自身を信じるということであり、子どもを育てるということは、自分を育てるということ。
自分とは違う考え方や人格、好みに寛容になったり、そんな中でルールは何かを考えることだったり、愛情とは忍耐力だということだったり、私はいつもそういうことを教えられている気がします。
こう思うと、週末の朝一に聞こえる兄妹喧嘩の声も、一緒に「ウフフフ」と笑いながら遊んでいる音も、とても愛おしいものだし、いつかはそれぞれに別の道を進むことになっても、こうやって一緒に育った時間を忘れないでほしいなぁと思うのです。(こんなこと書いてたら、泣けてきた・・・)
一人っ子のおうち、または3人・4人・5人・・・兄弟姉妹のおうちは、またそれぞれに違うファミリーダイナミクスがあるのでしょうが、みなさんは子育てをしていて、どんなことを教えられていますか?
家族のあり方について。最近悩んでいた所でした。うちは駐在員ではないので 移民としての色々な大変な事をガッツリと感じて もうすぐ2年になります。
そして、うちの息子はギフテッドなんです。英語も日本語も読む力が異常に優れていますが会話が苦手。そんな息子を伸び伸びと生きさせてくれているのもアメリカです。
子供は2人以上欲しいなぁと漠然と思っていましたが、そんな息子を育てる大変さもあり、最近は1人でも良いかなと思い始めていました。Erinaさんの娘さんが誕生した事をきっかけに家の緊張感や期待が一気に緩んだと言うのを見て、あー、うちにもそれが必要だな~と思いました。私が息子がより良く育つように困らないように躾のつもりでやっている事も、息子にしたらちゃんとするように常に見張られてる感じなのかなぁと。
うちも家族のあり方について考えてみようと思います。
Kanaeさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうでしたか。
私の仲良し同僚の息子さんが、4年ほど前に自閉症と判断されました。今年キンダーかな。
その頃、彼女はいったん仕事を辞めたものの、学校やセラピーなどが落ち着いてくるとパートタイムで復帰し、今にいたります。
彼女とご主人、そして息子君の家族としての成長や冒険を聞いていて、きっと悩んだ時期もあったのだろうけど、それでも今は素晴らしいなぁと思うのです。
私も彼女から学べることがすごくたくさんあって、そしてそれは母親として誰もが持つ思い。「息子には彼らしくあってほしい」という思いと、それを全力でサポートしたい気持ち。
うちの息子も言葉が遅くて、当時は私も自閉症について勉強しました。それ以来、「成長」ってどういうことだろう?といつも考えるし、それは周りと必ずしも同じ歩調で歩けることではなくて、一つ一つの小さな変化に、周りが気づいてあげられることなんじゃないかなと今は思います。
今でもうちの息子はおしゃべりなわけではありません。どっちかといえば、一人で黙々とコンピューターしたいタイプ。
だけど、彼の強みは誰にも負けないし、それを含めて「私たち家族のかたち」というものが出来上がってきた気がします。今では、それが子ども達の年齢と共にどんなものになるんだろう?という楽しみがあります。
Kanaeさんがおっしゃるように、アメリカはそういう寛容が許される国ですね。昔、どこかで聞いたのですが、日本は弱点を直す文化で、アメリカは強みを応援する文化だそうです。
同僚の息子君は、今、水泳にすごく興味があって、Youtubeでオリンピックやプロの水泳を見るのがすごく大好きだとか。
Kanaeさんの息子さんも、「これぞ!」というものが見つかると良いですね♪
すいません、追加です。
家族の雰囲気を緩めるものが、下の子どもだけということではないと思いますよ。
うちもデイケアや学校に行きだして、「家の外」という世界ができたことで、親の注意が良くも悪くも家庭の中から発散されるようになったと思います。
「子どもも大きくなったら楽になる」っていうのは、物理的に手がかからなくなることばかりじゃなくて、親も精神的に外に依存できる場所(デイケアだったり学校だったり)ができるからかな~とも思います。まぁ、そこでネガティブなことも得てはくるんですけどね。苦笑
うちは下の子がアートをやるようになってから、「マミー!マミー!(かまって)」が減ったし、「自立心」とか「自分らしさ」っていうものが生まれてるんだろうなと思います。
だから、そういうのは応援したいなと思ってますね。
おはようございます!
個人的な相談のようになってしまってすみません。Erinaさんがおっしゃるように、日本は子供の弱点を直す国&何か他と違う事に対して「触れてはいけない物」として扱う様な文化がある気がします。それは、こちらの駐在の奥様達も同じで…。Erinaさんならそんなオブラートに包むような事はしないで聞いてもらえるかな?と思いまして。
Erinaさんの同僚の方の息子くんも自閉症の診断を受けたのですね。アメリカはとても診断が早いなと思います。ボーダーなんて曖昧な物もありませんし。息子は親が日本語しか話さないのに、渡米1年弱で発達検査を英語で受けれてしまうくらい ある意味優れています(笑)そこを最大限に伸ばしつつ、出来ない事は息子のペースで底上げしてくれるんだなぁとアメリカの療育の素晴らしさを感じています。
息子は普通のプリスクールにも通っていて、そこでもみんなに守られて楽しく過ごせているようです。「自分らしさ」や「夢中になれる物」をもっともっと見つけられるようになれば良いなと思います。
子供から学ぶ事はとても多いですよね。私は息子のお陰で全ての子供達が愛おしく見えるようになりました♪
Erinaさん
いつもいつも楽しく興味深く読ませてもらっています。
今6ヶ月のかわいいかわいいベビーがいて、私の携帯タイムは会社での搾乳タイムだけなので、コメントしたい!と思ってもなかなかできずに今に至っています。
(感謝や共感や書きたいことが多すぎて、書き出したら確実に長くるので…)
でも今日こそはクイックでコメントします。
結婚にともない、日本からシカゴにきてもうすぐ4年(早い!)、手探りの子育てが始まって、毎日往復2時間の通勤のせいもあり怒涛の毎日です。
今週には未知の世界離乳食を始める予定。
いつもErinaさんの記事に、共感したり、なるほどーと勉強させてもらったり、肩の力抜いてもらったり…。ありがとうございます。
これからもいろんな分野の記事、楽しみにしています!
Kanaeさん、おはようございます。
いえいえ、こんなところでパーソナルなお話をしてくれて光栄です。
きっと、Kanaeさんと同じ、または似たことで悩んでいて、でもまだこうやって言葉にできない段階の人ってたくさんいると思うんですね。
私やKanaeさんの言葉がそういう人たちに届いて、「あ、同じことで悩んでる人もいるんだ」って思えたら、そこから光や糸口が見えるかもしれないし、少なくとも(個人的に)一人で悩むよりは良いかなぁと思うんです。私もそうやって、元気や勇気をもらうことがたくさんあります。
息子さん、図書館とか連れて行きますか?
最近、私は図書館の素晴らしさをまた見直していて、行くたびに子ども達と何時間でもいたいなぁと思います。
子どもと一緒に絵本を探したり、読んだり、図書館は知識の宝庫ですね!
>私は息子のお陰で全ての子供達が愛おしく見えるようになりました♪
私も同感です!
もう、子ども達はかわいい。純粋さとポテンシャルは「天才!」と思います。笑
お互いに、のびのびと子育てを楽しみましょうね♪
Yuukiさん、こんにちは!
そんな貴重な携帯タイムに、私のブログを読んでコメントまでいただき、ありがとうございます♪
とっても嬉しいです。
このブログは細々とやっていますが、アメリカ、または世界中にいる妻や母たちが、それこそ搾乳しながら(笑)片手に読んでくれると思って続けています。
何せ、私たち女性は忙しい!(笑)
同時進行させてやることがたくさんあるし、やっても終わらないし。
だけど、悲観することはなくて、それを楽しもう!と思えるかどうかって大事ですよね。
大丈夫ですよ~!リラックスして、ママが楽しんでさえいれば、何もかもがエンターテインメントですから。
6ヶ月のかわいい時期、楽しんでくださいね!
お体だけはお大事にどうぞ。
Erinaさん こんばんは。
図書館ですか!しばらく行ってなかったです。息子はハイパーレクシアなだけあって本が大好きです。なのに、連れて行こうという発想がなかったです。。近々一緒に行ってみようと思います。絵本は私の英語力強化にもなりますし♪
ぜひぜひ!!
うちの娘も毎週のように図書館に行っては絵本をどっさり借りてくるので、「このまま数年も通えば、この図書館にある本、全部読んだことになるんじゃないかなぁ?」なんて思ってます。笑
で、大きくなって、「あそこの図書館の本は全部読んだ」って言えたらちょっとかっこいいですよね。爆笑