仕事を辞めてみてわかったこと

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お久しぶりです、Erinaです。

 

一週間のお休みをとっていましたが、皆さんはいかがお過ごしでしたか?

 

実は、先々週の金曜日をもって、5年間働いた銀行を退職しました。

先週一週間は、気持ちのリセットや生活リズムをつかむために、バスルームの掃除をしたり、仕事服の洗濯をしたり、クローゼットを片付けたり、車にワックスをかけたり、新しいメニューで夕食を作ったり、人と会ったりしました。

村上春樹の1Q84もやっと読了して、多少の1Q84ロスを味わっているところです。

3時に子供達をピックアップして、軽くおやつを食べて、息子の水球の練習に行くなんてこともできるようになりました。

 

仕事を辞めてみて初めて、気づいたことがいくつかあって、今日はそんなことを忘れないうちにちょっと書いておこうと思います。

 

思い返せば、銀行で働いていた5年間に、色々なことが起こりました。

子ども達の初めてのデイケア、家購入、小学校入学というプロセスを経験し、母親としての一つのチャプターを閉じた、という感じです。

そんな中で、「過ぎた時間は二度と戻らない」ということをひしひしと感じ、これからの時間の過ごし方をじっくりと考えたいと思うようになりました。

その結果、キャリアチェンジという決断にたどり着いた私は、仕事+家族+キャリアチェンジを同時進行させるのではなく、一度、仕事にピリオドを打って、体勢を立て直してから新しいスタートを切ることにしたわけです。

 

そんなわけで、仕事を実際に辞めてわかったこと5つです。

 

1. 見えないストレスの蓄積

ストレスというのは誰でも持っていて、悪いものばかりではありません。

人間、誰でも何かしらの結果を出すためにはストレスが必要だし、適度な量のストレスと、適切に付き合っていく分は良いことだと思っています。

しかし、ストレスを過度にためこむと、体や心に現れてきます。そうやって目に見えるところまで行くと、「あ、休まなきゃな」と思ってスローダウン・・・という繰り返しでしたが、仕事を辞めてみてわかったことは、目に見えないレベルでストレスはかなり蓄積されていたのだな、ということ。

 

たとえば、これまでは、家事も最低限のレベルで「こなすこと」だけが目標でした。洗濯物もどっさりたまるまで、食べ物も栄養最低限だけ、とにかく機能すればオーケー、というレベルでした。旦那と協力して、「毎日をまわす」ことで精一杯で、それ以上のことをやるには、エネルギーがなかった。

 

仕事を辞めてみて、これまでやろうと思っていた洗濯(冬物とかブランケットとか)をどっさり終えようとか、新しいメニューに挑戦しようとか、そういうクリエイティブな気持ち(家事ってものすごくクリエイティブですよね)を持つには、やはり自分に余裕がないとできないんだな、と気付いたのです。

教職プログラムに必要なもの(ツベルクリンとか州のテストとか)も、「やりに行こう!」と思うエネルギーがなかったのだけれど、やっと今になってそういうやる気も出てきました。

長期旅行とか、日本への里帰り、子供が欲しがっている犬を飼うこととか、これまでは考えることすらできなかったことも、ちょっと考えてみようかな、と思えるようになりました。

 

そう思うと、いかに見えないレベルでのストレスが私の中で蓄積していたか、いかに疲労していたのかがわかって、「もしこのまま働き続けていたら・・・?」と考えると、少なからずドキっとしたのでした。

 

 

2. 仕事を辞めるのは想像以上に簡単

大学卒業からほぼ10年、育児休暇をとった1年半を除いて、私は自分の役目は「会社で仕事をして給料をもらってくること」だと思ってきました。

だから、育児もそれほど手がかからなくなった今、無職になるということは自分と向き合うことであり、かなり勇気の必要な決断でした。

よく言えば「将来に向けて準備中」、悪く言えば「プータロー」だし(笑)、旦那に100パーセントおんぶ、という状況をどうやって自分で受け入れられるのだろう?という気持ちもありました。

職場で退職届を出してから、約一ヶ月で引き継ぎの人が見つかった時、「この会社においての私の代わりは一ヶ月で見つかる」という事実がわかりました。つまり、私の代わりはそれだけたくさんこの世の中にいるということであり、それだけの価値しかない、ということ。

しかし、家族において、特に子供達にとって、私の代わりは絶対にいないということがわかったとき、仕事への未練はゼロになったのです。

そして同時に、長い勤務経験のある人へのリスペクトも持てるようになりました。

仕事を辞める、変えるということは、決断してしまえばあっという間のところを、ずっと同じ場所で働き続ける人もいるわけです。それが良い悪いということではなくて、単純に、長く続けること、それも人生の半分以上をかけて同じ仕事をするということは、やはり敬われるべきことなんだな、と思えるようになりました。

 

 

 

3. 家事は飽きるまでやっちゃダメ

家事というものが新鮮になった今、家族が心地よく、健康に過ごせるために何ができるか?と思えるようになったし、それは、新しいメニューのご飯を子供達が食べて、「今までで一番美味しい!」と言ってくれた時の喜びや、家がやっと片付いてきた時の達成感にあります。

 

家事って誰かがやって当たり前で、というか誰かがやらなくちゃいけないもので、その価値が見落とされることが多々あります。

「やってくれてありがとう」

「家事って大変なのよね」

という言葉は、やったことのある人にしか言えない言葉だし、そういう経験がある人とない人では、他人への理解力が変わってきますよね。

だから、私も人生経験として、専業主婦というのは自分にとってプラスになると思っているところです。

 

ただ、それを何年も、何十年もやり続けると、人間、誰でも飽きてしまうし、疲れてしまう。周りからの感謝の言葉が薄れてきたら、自分の中で「無意味」だと思ってしまうかもしれない。

 

その状況をコントロールするには、やはり自分を飽きさせない工夫が必要だと思います。

たとえば、家事に遊び心を取り入れたり、パートタイムで働きに出たり、パートナーと家事分担したり、子供にも家事を教えたり。

家事を「ママ(パパ)がいやいややってるもの」というイメージにしないためには、主婦(主夫)の努力が必要だと思うし、家庭はファミリーみんなで作るもの、ということを教えるのに最適な場なのではないかと思うのです。

 

 

4. 長期計画

多くの人は、新年になると、「今年一年の目標」なんて作りますよね。

それが達成されるかどうかはおいといて、それは「一年単位」での計画が含まれているはず。

よく、成功への秘訣として、10年や20年単位での長期計画を考えましょう、なんて言われますが、なかなか難しい。

 

それもそのはず、時間とは相対的なものなので、人によって感覚が異なるもの。5歳にとっての一年と、55歳にとっての一年って、全然違いますよね。

なので、私が20代だった時は、「この先30年」というものが想像できなかったし、長期計画というものを立てることもとても難しかったわけです。

 

しかし、30代に突入し、子供達が小学校に入学すると、これからの自分の人生を10年単位〜30年単位で考えるようになることが増えました。

 

うちの子供達の現在の年齢は、

長男:8歳

長女:6歳

ですが、10年後には

長男:18歳

長女:16歳

となり、義務教育を修了して、家を出て行く時期に入ります。

それまでの10年間は、母親として私にとってクリティカルな時期だと思ったし、物理的に近くにいることが何よりも大事だな、と感じるようになったのです。

それは子供達の習い事の送り迎えや、彼らの可能性や興味を近くで見つめて、見つけてあげること、というのはやはり私じゃないとできないな、というかやってあげたいな、と思ったから。

そのためには、スケジュールが合い、この10年間を過ごすであろう教育現場に自分も入る、ということはとてもつじつまの合うことだったし、加えて自分の好きな数学を役に立たせるという意味で、とても一石二鳥な将来設計だな、と思いました。

 

そうやって長期計画でのキャリアデザインが出来上がると、自分自身に焦ることもなくなったし、子供達が家を出る10年後の仕事は、またその時に考えよう、と思えるようになりました。

 

 

5. 時間に追われない生活

仕事をしていた時は、平日の夜はもちろんのこと、週末ですら「タイムリミット」との戦いで、何時までにごはんを作って食べさせて、寝る準備をして寝かせて・・・と「次にやること」に常に背中を押されていました。

 

これは仕方ないことなんですよね。

 

だって、夕食が遅くなったら、ベッドタイムが遅くなって、そしたら朝起きられなくて、学校や仕事に遅れて・・・と、どこかでしわ寄せしなくちゃいけなくなる。日曜日だって、明日のことを考えたら、遠出もしたくないし、エネルギーを温存しておかなくちゃ、と思ってしまう。

私自身、子供の頃は、ワーキングシングルマザーだった母にいつも「早く、早く」と急かされていたことを覚えているし、日本のように分単位で物事が進む社会ではそうならざるを得ない。

つい最近、シングルマザー経験もある友人の一人に、“You had to grow up fast.”(あなたは、早く大人にならざるを得なかったのね)と言われた時、自然と涙がこぼれたのは、そういう、言葉にできない、どうしようもできない状況をお互いに経験したからであり、今になって、親の都合も、子供の気持ちも理解できるようになったからでしょう。

 

そんなわけで、仕事を辞めてみて、「時間にゆとりがある」というのは素晴らしいことだなと思ったし、特に子供の成長という忍耐と時間が必要な任務では、本当に大きな要素なんですね。

だから、私の中にそういうゆとりを持ちながら子育てできる環境というのはとても恵まれていると思うし、本当の意味で子供達とこれから向き合っていきたいな、と思えるのです。

 

 

・・・・と、長くなってしまいましたが、久しぶりのゆとりある生活、楽しんでいこうと思います。

 

人生には正解なんてなくて、こうやって試行錯誤しながら、現在を最高のものにする。

5年間頑張ってきた自分へのお疲れ様と、付き合ってくれた旦那と子供達にありがとう、というのと同時に、そういう作業を、もう一度、土俵を変えてやっていきたいな、と思うのです。

 

 

 

 

 

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About Erina

こんにちは、Erinaです。 日本で一浪した後、2002年に留学生として渡米しました。ESLとコミュニティカレッジを経て、4年制大学に編入。高校時代は大嫌いだった数学が大学で大好きになり、応用数学専攻で卒業。金融アナリストインターン、IT企業でデータアナリスト、銀行で不動産アナリストを経て、現在、キャリアチェンジの真っ最中。アメリカの高校で数学教師になるために、2016年夏に脱サラ。久しぶりの勉強と主婦業に専念しています。二人の小学生のママです。趣味は読書・ヨガ・テニス・ゴルフ・DIY・庭仕事で、最近の一番の楽しみは子育てです。 アメリカに住む日本人女性を応援したくてこのブログを始めました。

2 Responses to “仕事を辞めてみてわかったこと”

  1. avatar

    Eri

    Erinaさん、おつかれさまでした。Erinaさんのブログを読んでいると、人生にはいろんなステージがあっていいしあるべきだし、今の自分に対して焦る必要ないよなと思えます。

    私も渡米・出産後仕事が見つかるまでの1年ほどは専業主婦をしていました。当時は外の世界に出たくて、仕事をしていないことが不安で仕方なかったのですが、今思えば貴重な経験だったなと思えます。そのおかげでたくさんの友人ができたし、その友人たちの多くが(望む望まないに関わらず)専業主婦でした。自分もその境遇に置かれたことで、専業主婦として生活することの大変さ、働きたくても働けない環境のもどかしさなど、経験しないと分からない気持ちを理解することができました。

    アメリカ歴の浅い私ですが、日本よりアメリカの方がキャリアに対して柔軟に動ける環境な気がします。ブランクがあっても、スキルを身につけていれば年齢や属性(子持ちなど)に関わらず仕事を選べるという意味で‥。

    Erinaさんの新たな挑戦、応援しています。ご家族との時間も、存分に楽しんでくださいね!

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    Erina

    Eriさん、こんにちは!コメントありがとうございます。

    そうですね、そういうフラストレーションや不安があったからこそ、今あるものにとても感謝できるし、同じ立場の人の気持ちがすごくよくわかる。
    私、個人的に思うのですが、そういうことが「豊かな人生」ってことだと思うんです。
    他人の気持ちが理解できる、共感できる人がたくさんいる、という人生が、本当の豊かさじゃないかなぁと。
    そのためには何より、自分が色々な経験をしなくてはなりませんもんね。楽しいことばかりじゃないけど、いつかは「あれがあってよかったんだな」と思えるような人生にするのは、自分次第。
    後悔せずに、前を見て進みたいですよね。

    そういう意味で、アメリカという国は、個人の選択肢に寛容で(というか口出す人がいない)、私も気が楽です。自分の人生はしょせん自分のものだし〜と。笑
    応援ありがとうございます。
    私もEriさんのこと、応援しています。
    一緒に頑張りましょうね♪

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