学校という場所

6 Comments

こんにちは、Erinaです。

 

今回、学校という場所で働くことになり、そしてアメリカの学校(現地校)で教師候補という立場で出入りするようになり、感じたことがあったので、書いてみたいと思います。

 

これまでは、私自身が生徒(またはその親)という立場で、学校という場所を捉えていました。

生徒や家族にとっては、人生の中で決められた時間を過ごす、言ってしまえば「通過点」でしかない学校。

良い一年だったとしても、そうでなかったとしても、新学年が始まれば次に進まなければなりません。卒業すれば、次の学校や次のステージに進まなければなりません。

 

しかし、そこで働く人たちにとっては、腰を据えて、いろいろなものと向き合う作業が常に行われています。

学校を1年以上の「長期」で見るという考え方も、やはり今回、学校で働くということを意識してから身につくようになりました。

 

このフレッシュマン(高校1年生=日本の中3)がソフォモア(高校2年生=日本の高1)になって、ジュニア(高校3年生=日本の高2)になって、シニア(高校4年生=日本の高3)になって・・・という見方はやはり新鮮だったし、教育というものを考える上では必要な視点なのだな、と気づいたのです。

 

それは学力ということだけでなく、学校という場所には、様々な思惑や意志、経験を持った人間が集まり、一緒に机を並べて教室に座るために、様々な努力が行われているのだ、ということ。

教室に揃った子供達の顔を見たとき、「きっとこの子はこうやって、今朝、この教室にやってきたんだろうな」という仮定は全く通用しないこと。

子供達の中に、どんな思いがあるのか、見た目だけでは全くわからないこと。

先生達が、教室に立つために、自分のこれまでの人生経験を込めて色々な準備をし、子供達と向き合うこと。

親達が、早朝にお弁当を用意し、子供達の「行ってきます」だけを頼りにその背中を見守ること。

事務員やスタッフが、直接的には向き合わない子供達のために、走り回ること。

 

そうか、学校ってそういう場所だったんだな、確かに目の前の結果のためにはできない仕事だな、と気づいたのです。

 

私は、「教育」は「未来への投資」だと思っています。

それはアメリカの大学で、仕事をしながら勉強をする社会人達や、仕事を休んででもキャリアアップのために学校に戻る学生達を見てきて感じたことです。

 

そこには、「勉強をしたいからする」というシンプルでストイックな意志がありました。

そこには、「将来のより良い人生のために勉強する」という確固たる将来設計がありました。

 

そして、その将来設計が現実化しているのを何度も見てきたのです。

今は仕事もパートタイムで、貧乏かもしれない。だけど、卒業して学位をもらったとき、フルタイムで今より数倍も上の給料をもらえる。そういう人生に投資するための数年間だったのです。

 

私が今回、銀行での仕事を辞めて、教育の分野に進もうと思ったとき、自分はこれから、そういう「未来への投資」という今は実体のないものと向き合うのだ、という覚悟がありました。

毎月支払われる給料の明細とか、ちょっとずつ増えていく退職金アカウントとか、そういう目に見える結果ではないもの。

 

それに自分の人生を、今度は通過していく学生としてではなく、受け入れる立場として費やしたいな、と思ったのです。

 

そしてその教育現場にすでにいた人たちと知り合うことで、そうか、学校ってこういう場所だったんだな、と初めて気づくことが多々あったわけです。

 

アメリカの大学に行って、「学校って良いな」という65% Sure

 ↓

教える立場になることを選んで、「やっぱり学校って良いよね」という75% Sure

 

なところに今はいます。これが将来的に、

 

教える立場になってみて、「学校しかありえないじゃん?」という99% Sure

 

の状態になるのが、今の私の目標です。

(何事も100%というのはありません。なにせ人間は煩悩の塊なので。笑)

 

さぁ、やることやって、頑張ろう。

こうやって巡り巡ってやってきたものを当然のことと思わず、私の知らないこれまでのあらゆる物事に感謝して。

 

 

 

 

 

 

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About Erina

こんにちは、Erinaです。 日本で一浪した後、2002年に留学生として渡米しました。ESLとコミュニティカレッジを経て、4年制大学に編入。高校時代は大嫌いだった数学が大学で大好きになり、応用数学専攻で卒業。金融アナリストインターン、IT企業でデータアナリスト、銀行で不動産アナリストを経て、現在、キャリアチェンジの真っ最中。アメリカの高校で数学教師になるために、2016年夏に脱サラ。久しぶりの勉強と主婦業に専念しています。二人の小学生のママです。趣味は読書・ヨガ・テニス・ゴルフ・DIY・庭仕事で、最近の一番の楽しみは子育てです。 アメリカに住む日本人女性を応援したくてこのブログを始めました。

6 Responses to “学校という場所”

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    りょうこ

    着々と夢に向かって前進されてますねっ!
    自分が学生に戻ってみてつくづく思いますが、先生のやる気って本当に大切ですね。そのまま学生に伝わります。
    これからの投稿も楽しみにしてます。

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    Naoko

    Erinaさん、またまた力強い記事をありがとうございます。「巡り巡ってやってきたもの」は何かしらの理由があって自分のもとにやってきている、と最近よく思いますね。絶妙のタイミングで、いろいろなことがうまくつながることがあるなぁ、と。銀行から学校に場所を移して、またさらに活躍するErinaさんを応援しています。

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    Pechako

    こんにちは。今コミカレで数学の授業を受けている者です。数学はとても苦手で授業についていけるか不安でしたが、教授のおかげもあり何とか今学期乗り切れそうです!今受けている数学の教授は多分60歳後半か70歳前半くらいだと思いますが、いつも生徒のことを気遣い、質問すれば丁寧に教えてくれて本当に素晴らしい方です。もうこの教授の授業を受けられないかと思うと寂しい気持ちでいっぱいです。Erinaさんもこんな素敵な先生になってください!!応援しています!

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    Erina

    りょうこさん、こんにちは!
    大人になって気づく、先生の立場とか、熱意とか、能力とかって面白いですよね。
    本当、学生の未来に直接的に通じますもんね。私も一人の女性数学教授との出会いで、人生が180度変わりましたもん。
    そういう役割のこの仕事って面白いなぁと思っています。

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    Erina

    Naokoさん、ありがとうございます。

    そうですね、どこで何をしていても、人間絶対に一人じゃないし、誰かのちょっとした決断や行動が自分の人生に少なからず影響を与えているわけで。
    だから自分も一挙手一投足に覚悟を込めて、仕事をしたいと思います。

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    Erina

    Pechakoさん、こんにちは!
    また数学好きがいた!嬉しい。
    アメリカで日本人の数学の輪を広げたいので、嬉しいです。笑
    まだまだ未熟なのですが、毎日が勉強で、身が引き締まる思いです。
    応援、ありがとうございます。

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