身をもって覚える英単語 “Diversity”

どうもこんにちは、Erinaです。

 

みなさんは、Diversity(多様性)という言葉を聞いて、どんなイメージを持ちますか?

Diversityと呼ばれるものってどんなことがあるでしょうか?

人種・文化・出身地・民族・言語・宗教・性別・年齢・性的嗜好・思想・政治・経済・結婚・学歴・職種・居住地・応援するスポーツチーム・ファッション・・・まだまだありそうですね。

 

最近では、日本でも「ダイバーシティ」という言葉が広く使われ、企業や大学などでも取り入れようとする動きがあるそうですが、実際に”Diversity”を意識して生活したり、仕事をするというのは、日本に限らずあまり多くはないのではないでしょうか。

 

"The Golden Rule" by Norman Rockwell (nrm.org)
“The Golden Rule” by Norman Rockwell (nrm.org)

 

 

今日は、私のアメリカ生活を通して学んだ”Diversity”について書いてみようと思います。

 

およそ10年前、コミカレでアメリカ政治学の授業を取ったときでした。

初日の授業で、教授がクラスの学生全員にある質問をしました。

 

「みんなの考えるアメリカ合衆国のアイデンティティって何?一単語で答えてみて。」

 

“Independence”

“Democracy”

“Freedom”

“Justice”

 

・・・・と、アメリカの国歌や憲法に出てきそうな単語を学生が答えるたびに、教授が黒板に書いていきます。

 

そしてポツンと出てきた言葉が

 

“Diversity”

 

でした。

 

私はなんとなくこの言葉に惹きつけられました。

「アタマではわかる。でも”diversity”の本当の意味ってなんだろう?」

 

これをきっかけに、私の中で、”Diversity”という言葉はアメリカ生活を送る上でのキーワードになりました。

 

 

アメリカで生活をしていると、本当に色々な人に出会います。

 

  • ロトチケットを買ったら家族の話を延々とするリカーストアのオーナー(中東系)
  • ターゲットのレジで待っていたら孫のベビーシャワー用プレゼントの話をするおばちゃん(白人)
  • 3日滞在のつもりが1ヶ月居候した息子をグレイハウンド(長距離バス)ステーションまで送っていくお向かいの旦那さん(黒人)
  • 車のオイル交換をしたら「姪っ子に似てるから」という理由で、5ドル割引してくれたメカニックの夫婦(ベトナム人)
  • 朝のエレベーターで知らない人に”Have a good day.”って言い合える人々(もはや誰が何人かはわからない)

 

・・・・などなど、これを読んで、「いるいる・・・」って思った人、結構いますよね?

 

うちの夫婦の会話でも、

「シンディが言ってたんだけど・・・。」

「シンディって誰?!」

「あぁ、裏に新しく引っ越してきた人のガールフレンド。」

「いつ仲良くなったの?」

ということがよくあって、いつの間にか人のつながりができています。

 

こうやって、日本じゃ考えられないくらい人間の深みを見ることができますが、私はこれが「アメリカ生活の醍醐味」だと思っています。

私は基本的に社交的な人間ではないので、こういう社会で暮らしていないと、「今日は誰とも話さなかったなぁ」ということになります。まぁ今は家族がいるので現実的じゃないですけどね。

 

 

最初の質問に戻って、

  • Independence
  • Democracy
  • Freedom
  • Justice

というのは、もちろんアメリカの歴史や思想、システムの根底にあるものです。憲法でも明記されているし、アメリカの学校教育を受ければかなり初期の頃から、こういう精神を教えられます。

しかし、Diversityというのは、もっと生活に密着しているもの。

一昔前、アメリカは「人種のるつぼ」という意味で、”Melting Pot“(色々なものが溶けて単一に混ざった鍋)と呼ばれていました。

しかし現在は、“Salad Bowl”と呼ぶほうが適切であると言われています。

サラダには、レタス、きゅうり、トマト、玉ねぎ、チキンにハム・・・色々な食べ物が存在し、「それぞれの味」を楽しめますよね。アメリカもこれと同じで、異なる人種や文化は、混ざり合って一つの味になることはなく、ボウルの中で混ざってもそれぞれの味を残し、他のものと共生しているという意味です。

 

そんなサラダボウルの中で暮らすことで身についたのは、 「他人に興味を持つ」ということでした。

幸いなことに、「日本から来ました」と言うと、好感的な人が多いこの国。

自分のことや日本のことを話す機会はとてもたくさんあります。

それと同じように、相手のことも知る努力をしました。質問なんて”How about you?”とオウム返しでオーケー。

こうやって話をしていけば、友達になれない人なんてこの世界にはいないんじゃないか?と思えるようになったのは、やっぱりここがアメリカだからでしょうか。(苦笑)

 

とにかく人間って面白い。

色々な違いを超えて、「あ、今わかりあえたね!」という瞬間は、なかなか貴重です。

これを、「この人はこうだから」と表面的なもので判断し、自分からシャットアウトしてしまってはもったいない、と私は思うわけです。

(もちろん、全ての会話がウェルカムなわけではないですし、安全面のこともありますから、そこは個人の判断が必要です。)

 

 

私はあのアメリカ政治学の授業を今でも鮮明に覚えていますが、「Diversityとはこういうことだ」とはっきりとは説明できません。

この国で暮らして、毎日色々な人と出会い、言葉を交わし、新しいことを学び・教え、仕事をしたり、ジョークに笑ったり、ニュースを聞いたりすることで、「自分はDiversityの中で生きている」という実感だけがあります。

目の前にある会話が受け入れられて、目の前にあるニュースが流れる現実。

「どれが正しい、正しくない」という意見に振り回されず、個人がそれぞれの意見を持つことを認められている社会。

 

それがアメリカのDiversityなんだな、と思います。

 

みなさんのDiversityってどんなものですか?

 

 

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