メンタルヘルスの話をしよう【子供の恐怖心と向き合う】

こんにちは、Erinaです。

 

未曾有の状況が続く毎日ですが、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

 

今日は、メンタルヘルスについて書きたいと思います。

 

学校閉鎖、外出禁止令、レイオフなど、世界中で先行きの見えない時代に突入しました。

感染者の報告や死亡者数も毎日増加し、ニュースは終わることがありません。

今までの「日常」が奪われ、動揺していない人はいないはずです。

 

こんな時、私が気になるのは、人々の心の健康、つまりメンタルヘルスです。

 

表面的に見えにくいものなので、見落とされがちなメンタルヘルス。

特に日本ではまだまだオープンに語られることは少なく、話したいことがあってもそれを打ち明ける場所や機会が足りないという印象です。

 

そんなわけで今日は、一番身近な「大事な話をする場所」である「家族」をベースにメンタルヘルスの話をしたいと思います。

その中でも、子供の持っている恐怖心との向き合い方です。

 

 

 

学校閉鎖と外出禁止になって二週間ほどした頃、うちの娘が夜中に起きてきました。

「怖い夢を見た」

 

この記事でも書いたように、彼女は小さい頃から夢遊の癖があり、特に衝撃的な映画を見たり、本を読んだりするとそれがすぐに反映される子供でした。

 

「あー、ストレスを感じてるんだな」と思い、きちんと目を覚まさせて、話し合うことにしました。

 

「何が怖い?どんな夢を見た?」と聞いても、「わからない」としか答えないのは子供特有。自分にとって何がストレスなのか、感覚的にはわかっても言葉にできる子はほとんどいません。大人なら自分のストレスを分析できますが、これを子供に期待しちゃいけないですね。

 

おそらくこの大きな社会的変化やちらほらと聞こえてくるニュースにぼんやりとした恐怖や不安を感じているはずなのです。

 

なので、私はそれを咀嚼して、かつポジティブに捉えて説明することにしました。

 

  • 専門家が頑張って働いている(理論的)
  • 環境的に安全なこと(理論的)
  • 何があっても私達は大丈夫なこと(感情的)

 

 

専門家が頑張って働いている

今この時も、研究者達は治療薬やワクチンの研究をし、医療従事者達は病院で働いている。

自分達が直接的に何もできなかったとしても、社会はきちんと前進していて、失敗や間違いから学んでいるということ。

だから今はそういう人達を信じて待つこと。

 

自分の非力さを実感した時、人間は希望を失います。自分にはこの状況をコントロールできない、と感じるからだそうです。

そんな時に、別のはけ口で希望を持てるスキルが必要になる。

自分には治療薬も発見できないし、ウイルスを殺すことはできない。だからできる人を信じて待つ。

 

そしていつか、自分が役に立てる時に、一生懸命に恩返しすれば良い。

そういうヒューマニティを身につけてほしいのです。

この世界に住んでいるのは自分一人じゃない、ということを痛いほど感じる機会でしょう。

 

 

環境的に安全なこと

爆発的に感染が広がったエリアは、やはり人々が密集して暮らすエリアであり、今回のように州政府が早い段階でシャットダウンを宣言した以上、不必要に他人と接触することはありません。

だからニュースで聞くような短時間で広がる感染は、この家では起こる確率は低いということ。

 

ここまでは科学的で理論的な説明。

寝ぼけて感情的になっている10歳児にどこまで通じるかはわかりません。

 

 

で、大事なのはここから。

 

「うちは絶対に大丈夫!誰も死なない!あなたを死なせない!」

 

という根拠のない自信と無条件の愛情。

これを使うのはやっぱり我が子だからです。

 

理論詰めで子供の恐怖心を打ち消すのには限界があります。

大人だってそんなに上手に頭で理解してプロセスできるものじゃありません。

 

そんな時にやっぱり一番強いのは、親の与える安心感。

膝に乗せて、ぎゅーっとハグをして、大丈夫と伝えること。

子供がもう良い、となるまで時間をかけます。

結局のところ、私達人間が安心感を得られる方法というのは、理論や説明ではなく、「愛されている、大事にされている」と心と体で感じられることです。

 

こんな状況下で、どれだけ正直で、かつポジティブな対話を積み重ねられるかというのは、大人だけでなく、子供の精神状態を健康に保つために必要だなと感じます。

 

大人のように言葉にしないからと言って、子供が苦しんでいないわけではありません。言葉にできない分、子供達は大人以上に悩んだり、怖がったりしているということを、私たちは知っているべきです。

なんとなく見るニュースや、大人同士の会話から、子供たちの想像はものすごく広がり、「死亡者」とか「危険」というドラマティックな単語に敏感に反応してしまうものだからです。

 

そしてもしできれば、この後に余力があるようなら、目を前に向ける対話も。

 

私はこの後、この状況でできることを娘に尋ねてみました。

 

「ねぇ、こういう時に何かを作ったり、物語を書いたりしたらどう?」

 

ちょうどその週は「スピリットウィーク」と呼ばれる、学校としての団結力を高めるために様々なイベントを取り込む週。

 

月曜日はパジャマデー

火曜日はクレイジーソックスデー

水曜日はお手伝いデー・・・

 

などなどがあり、親が写真を撮って、SNSや先生達とシェアします。

 

この次の日がアートデーだったので、それにシェアするために明日は何か作る!と言い出した娘。

 

「明日やりたいことがある」というのが、私たち人間にとって、本当に大きな心の支えになっていることに、気づくことになりました。

 

仕事だったり、学校だったり、趣味だったり、人間関係だったり、「明日はこれをやりたい」「やらなきゃいけない」という楽しみや責任感があるからこそ、今日に意味を見出せる。

それが制限されてしまった今、視点を少し変える調節が必要になったわけです。

その見出したものが「希望」というものです。

Stay safe!

“メンタルヘルスの話をしよう【子供の恐怖心と向き合う】” への1件の返信

  1. そうそう、要は「愛されている、大事にされている」と感じることですよね。大人も同じ。病気をした時も、予後の心配より、それでも「愛されている、大事にされている」かどうか。災害で家を失っても、「愛されている、大事にされている」なら何とかやり直せる。孤独は死を早めるというリサーチが随分ありますが(カナダに来て、北米人ってリサーチ好きだなーと思いました)、量でも質でも人生最大の危険因子なのでしょう。
    Physical distancingでhugできないと嘆くカナダ人を見て、hugなしが普通の自分はやっぱり日本人だなーと思いました。

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