
お金が欲しい?
こんにちは、Erinaです。
銀行で働いて4年。
「お金」というものについてだいぶ勉強する機会がありました。
毎日、投資家たちのタックスリターンやら銀行明細やらを見て、彼ら・彼女らの人生模様やプロジェクトの様子を聞いていると、「お金ってなんだろうな?」とか「幸せってなんだろうな?」と考えるようになりました。
私はこの4年間の銀行勤務で、お金と個人的な人生というものを客観的に切り離すことができるようになったし、それはあらゆる場面でお金と良い付き合い方をすることにつながりました。
銀行員はみんな金に目ざといんだろうとか思うかもしれませんが(笑)、実際のところ、銀行で働く人たちはお金に対してかなり「ドライ」な印象です。
写真のように1ドル札がばさっとあっても、単なる「決まった価値のある紙」にしか思えません。(笑)
先日、融資案件の最終決断をするジムさんが、私のオフィスに質問をしにきました。
私からの説明が終わると、彼はこう聞きました。
「君のお父さんがこれだけお金を持ってたら、幸せだと思う?」(Do you think you would be happy if your father had this kind of money?)
この案件は娘3人のためのトラストが設立されていて、莫大な不動産や投資が含まれていたのです。
私:「う~ん、どうですかねぇ。大金を持つことが幸せとは限らないですから。」(Hmm… I don’t think a lot of money means a happy life.)
ジムさん:「確かにそうだ。(笑)」(You are absolutely right.)
私:「そのお金にどんなものがattachされているかによります。」(It depends on what’s attached to the money.)
ジムさん:「なるほどね。君にとって、お金=幸せではないってことか。」(So money doesn’t mean happiness to you, that sort of things?)
私:「まぁ、そんなところです。」(Well, I guess so.)
たとえば、父親の遺産が10億円(でも100億円でも)あったとする。
彼が亡くなったら、それは自分のところに確実にやってくる。
だけど、その父親の娘でいるために、今までものすごい苦労をしなければならなかったら?
または、遺産が残されることよりも、彼が亡くなるという事実におかしくなりそうなくらい父親を好きだったら?
受け継いだ不動産は不良物件で、手放したくても手放せなかったら?
仲の悪い姉妹たちと、そのオーナーシップを共有しなくてはならなかったら?
・・・・な~んて、本当のところはわからないですよね。
こういう数字からは見えないもっと実の部分が”Attachment”であり、あえて断言しますが、それは100%どの案件にもあります。
なぜなら、そこにいるのは「人間」だから。
この4年間で、400件くらいの案件を見てきましたが、どの案件にもそういう「ストーリー」があって、それを人として理解した上で、利潤性があるか(profitable or not)を決断するのが銀行の仕事なんですね。
とは言っても、私自身は銀行の中でもかなり数字よりなポジションなので、「あぁ、そりゃ大変ですね」と口では言うものの(笑)、「数字は嘘をつかない」を強く主張しなくちゃいけないし、それをどうやって利用するかは各融資担当者の決断になります。
つまり、与えられるお金には、与えられるattachment(付加価値)があり、ひとつのパッケージとしてやってくるのです。
一週間ほど前に、ある起業家の方たちとお話しする機会がありました。
私自身の頭の中にある計画を言葉にするチャンスにもなり、色々な勉強にもなったのですが、こんな質問をされました。
「えりなさんは、もっとお金を稼ぎたいと思いますか?」
5年前の私なら、「もちろん!」とためらうことなく答えていたでしょう。
今の答えは “It depends.”
いくら稼ぎたいか “How much do I want to make?”
どうやって稼ぎたいか “How do I want to make it?”
の部分が自分の中で明確じゃない限り、「多ければ多いほど良い」という安易な答えは自分の中でなくなったのです。
たとえば、今より倍の給料をもらえたとします。
だけれど、
- 勤務時間が増える
- 通勤時間が増える
- ストレスが増える
- 職場環境が悪くなる
- 出張が増える
- 未来が見えない
のような要因が生まれてしまったら、必ずしもそのポジションに「イエス」とは言えないのです。
給料は瞬間的にタダで二倍にはなりませんから、何かしらのattachment(勤務時間・通勤時間・ストレスなど)が生じるわけで、それと給料を天秤にかけたときに、イエスかノーか?という選択をするようになりました。
これもひとえに、私は家族と仕事のバランスがとれた人生を送りたいと思うようになったからです。
独身だったら、もしくはうちの旦那がフルタイムパパだったら、この考えも違ったかもしれません。いや、子どもがいても仕事を選ぶ人生だったかもしれません。
だけど、今の私は、様々な紆余曲折を経て、今の私になり、倍の給料がもらえる色々なattachmentつきの仕事よりも、必要なだけの給料がもらえて、バランスのとれた人生を送れる仕事を選ぶと思うのです。仕事が定時に終わって、子供を迎えにいき、子供を水泳の練習に連れて行って、帰ってきたら家族全員でディナーを食べることができる。今日一日に何をやったか、宿題はなんだったか。そういうなんともない普通の生活のために、私は必死に働いていると気づいたからです。
それはやはり「時は金なり」(Time is money.)ということを体で感じたからだし、給料を生み出さなくても家族と過ごす時間は何よりも貴重だとわかったからです。
だから、「もっとお金を稼ぎたいか?」と聞かれたら、「家族との時間を犠牲にするくらいなら、必要最低限の給料をもらってバランスのとれる人生を送れる仕事を選びます」と答えます。
必要以上の収入は、週末にターゲットで散財したり、冷蔵庫にある食材を無視して外食したり、アタマを使わないで遣うことになります。
20代なら買えないような車を持ったこともありました。
でも、そういう生活をしてみて思ったことは、
ターゲットで散財したものは、半年後にはジャンクになり、家が散らかる原因になる。
他人に良く思われるために買った車には愛情が持てないし、運転していても満たされることはない。
そういう買い物をやめることで、私の人生はだいぶシンプルになるな~とわかったのです。
こういうことに気づくと、自分が「カイシャイン」として生涯、働くために、色々なものに洗脳されてたんだなとわかったのですが、それはまた別の話。
お金の話に戻って。
そういう経緯があって、私は「お金」というものに精神的に依存しない人生を送りたいなと思うようになったし、これから年をとる上で、シンプルな人生で幸せになれる訓練をしておきたいなと思うようになったのです。(こういうことを書くと、一体いくつですか?と聞かれるんですけど。笑)
なるほど。最近、お金!お金!お金!という頭になっていた私にとって、いろいろ考えさせられる記事でした。
人間誰でも、一日に24時間しかないので、何に時間を費やすか、ですよね。
私は9時5時の仕事をしていても、朝の準備と通勤、夜の通勤と夜ご飯準備・・・ってやったら、結局それで一日がつぶれるわけで。「お金をかせぐためのコスト」も考慮する必要がありますよね。
お金は確かに大事ですけど、それが人生の目的になっちゃうと、もっと大事なことを忘れちゃうんだなぁという教訓をいくつか体験しました。笑
こんにちは。最近の自分の事のようだなぁ、と思いながら記事を読みました。
今やっている仕事がお給料に見合ってないと思っているので
転職を見据え学業に力を入れています。
子供を育てるのにお金がいる、家族で旅行ができるようになりたい
もう少しいい家に住みたい、というのが、お金がほしいと思う主な理由です。
でもたまに、成長が著しいわが子を見ながら
こんなに仕事や勉強が忙しくて、子育てに影響が出たらどうするか、
今の時間を大切にした方がいいのか、など考えることがあります。
お金はあっても困るものじゃないんですけどね
Hiromiさん、こんにちは!
確かに、労力&時間に給料が見合ってない、と見極めるのは大事ですよ。
時間って無限にあるわけじゃないし、家族との時間を犠牲にして働きに出ているわけですから。
何事もバランスですね。
私も自分なりの試行錯誤をして、今の場所にたどり着きました。
右に振れすぎたら、ちょっと左に戻って・・・で、左に振れすぎたらまた右に戻って・・・っていう繰り返し。
でも、大丈夫です!みんなそうやって成長していきます。焦らない、焦らない。