
日米の「年齢」の捉え方の違い
こんにちは、Erinaです。
日本であれだけ気にしていたのに、アメリカではさっぱり気にならないものの一つに「年齢」があります。
バーとかクラブに行くなら別ですが、アメリカで普通の生活をしていて、「年齢」を気にすることは私の場合ほとんどありません。
どれだけひどいかというと、自分の子ども達の年齢もちょっとあいまいになってしまうほど。誕生日は覚えてるんですけどね。友人たちの年齢も99%知りません。
私と旦那は33歳離れた超年の差夫婦ですが、自分と彼の年齢を気にする時というのは、何かしらの書類を記入する時くらいで、日々の中でのジェネレーションギャップというものもほとんどありません。
私が親友と呼ぶホストマザーは71歳です。(たぶん)
彼女は私たちの関係を“We are ageless.”(年齢に捉われない関係)と言いました。
私は子どもの頃からずっと体育会系でした。
日本独特の先輩・後輩関係はそこで叩き込まれ、コーチや監督などの目上の人たちへの礼儀も身につけていましたから、年代の違う人たちとの交流というものは気にならず、アメリカのこの年齢という枠のない社会がとても気に入っています。
私はこの年齢という枠を取り払うことで、人として深みのある付き合いができるようになったし、この国のことをよりよく知ることになったと思います。
2002年末。
その年のはじめに留学生として渡米し、初めての一時帰国をしたときのこと。
それは、高校テニス部の友人たちと集まったときのことです。
私はあることに驚きました。
その前年に現役合格した友人Aちゃんと、浪人して同じ大学に入ったBちゃんの関係性が、高校時代のものとは少し違っていたからです。
浪人したBちゃんは一年遅れて入学しました。つまり、大学ではAちゃんの後輩になるわけです。
AちゃんとBちゃんは、大学で同じテニスサークルに入ったのですが、そこでの友人関係や上下関係も、先輩・後輩という関係がベースになっていました。
「え?そういうものなの?」
私は驚いて、高校時代に同じテニス部で汗を流したことが遠い昔のように感じました。
もちろん、AちゃんもBちゃんも悪気があったわけではありません。日本独特の先輩・後輩関係という「空気」が、そうさせていたのです。
これまで同じ学年でやってきた人間関係も、たかだか「一年」という時間で、こうも変わってしまう。
その事実は私にとって残念でならないものであり、日本人の「時間」や「年齢」に対する厳しいアテンションを実感することになったのです。
先日、ある日本ドラマを見ました。渡部篤郎が父親役のあれです。
私は渡部篤郎の年の取り具合にも驚いたのですが(まぁ役作りもあるでしょう)、それより驚いたのは彼の妻役である、和久井映見さんでした。
私が覚えている和久井映見さんというのは、昔のドラマ「妹よ」で(覚えている人はいるでしょうか?)、田舎から出てきた純朴なお嬢さん、というイメージでした。
質素で謙虚だけれども、とてもまっすぐで芯が強い。「日本人女性の美」というものを形にしたら、こういう女性のことじゃないかな、と思ったものでした。
そんな和久井映見さんが、今回のドラマでは、帰宅した夫が脱いだジャケットをハンガーにかけ、言いたいことも言えない妻になっている。
私はこの和久井映見さんの姿(というか役柄)にショックを受けました。
「妹よ」の彼女はなんだったのか?と。
あの彼女が、日本で年齢を重ねると、こうなるのか、と。
こう話すと、ドゥーラの貴代さんはこう言いました。
貴:「日本人は、年齢に自分を合わせてしまうのよね。」
私:「どういうことですか?」
貴:「40代はこうあるべき、50代ならこうあるべき、と自分で自分を『年齢』にあてはめてしまうの。」
私:「あ~、なるほど。着るものとか、髪型とかもそうですよね。」
貴:「考え方とか生き方もそうよ。」
私:「はぁ~・・・。」
テレビで和久井映見さんがああいう髪型や服装をしていたら、「私も彼女と同年代だから、ああいう服を着るべきなんだわ、ああいう髪型をするべきなんだわ」と思う。
夫の言うことを「はいはい」と聞いて、意見もせず、旦那の浮気や子どもの非行にも何も言わないのが「良き妻」であると自分に言い聞かせる。
つまり、テレビが「この年代の女性はこうあるべき」と作り上げたものを、全員がコピーする。
う~ん。
これって「洗脳」って言わないか?
そのファッションやライフスタイルが好きなら良いけれど、何も考えずに「みんながやってるから私も」というのは洗脳ですよ。しかも出所(でどころ)がわからないなんて怖い以外の何者でもない。
私が日本にいたときは、そんなことには全く気づかなかったし、それを、こうやって外から見て気づくことって多いです。
私がアメリカで出会う日本人女性(に限らないけど)というのは、好きな洋服を着て(だからみんな違うスタイル)、これをやれば自分が幸せになれるということを知っていて、だからとにかく明るくて、だけどものすごく礼儀正しくて愛情深い人ばかり。内面からあふれ出る美というのは、こういうことなんだな、といつも思うのです。
それは「年齢」に合わせた生き方ではなく、「自分」に合わせた生き方をしているから。
こういう考え方をするからこそ、何歳になってもキラキラしている女性がたくさんいて、しなやかな強さを兼ね備えている人が多いアメリカ。
男性だってそうで、いつまでも若々しいというか、無理せずに生き生きとしている人がすごく多い。だからこそ、いくつになっても人としてすごく魅力的なんです。
私はこの国に来て、年を重ねることが全く嫌ではなくなりました。
むしろ、時間をかけないと得られないものもあるとわかった今、経験と知恵という武器を身につけて、素敵な女性になりたいと思うようになったのです。
日本とアメリカの「年齢」に対する考え方、みなさんはどう思いますか?