
いつまでも留学生の部分
こんにちは、Erinaです。
先日、ドイツから知人が訪ねてきました。
彼女は私が留学生時代にホストファミリーでルームメイトだったドイツ人女性。最初の出会いは12年前のことです。
他にも日本人、イタリア人、スイス人、ブラジル人、韓国人、スペイン人にフランス人など各国からやってきた留学生たちと同じ屋根の下に住んでいた私たち。
お互いにつたない英語で、夜な夜な母国のことを説明したり、母国語を教えあったりしました。
スマートフォンもなかったあの頃、やりとりは手書きだったり、ディナー後のおしゃべりだったりと、とにかく一緒に時間をすごしたのです。
そんな彼女が、ボーイフレンドのピーターと、友達カップルの4人でサンディエゴにバケーションを過ごしにやってきました。
この12年で初めての再会ではないのですが、久しぶりにゆっくりと話し、あれから12年経った自分たちを今一度、振り返ることができたのと同時に、私の持つ悩みや不安は、国に関わらず、共通しているものなのだと思ったので、ちょっと書いておこうと思います。
私自身、アメリカ人の旦那と結婚し、子供が生まれ、アメリカの企業でアメリカ人たちと仕事をするようになっても、常に「留学生」の部分があるのだな、ということ。
アメリカ生活にも慣れてくると、「真新しい」ことがだんだん減り、あったとしても対処法の予測がついているので、衝撃的なことはめったにありません。
「あぁ、どこかで見たことがあるな」という程度になり、良くも悪くも、「慣れ」ができます。
しかし、留学生時代というか、アメリカに来て最初の一~二年は真新しいことばかりの連続で、自分が「ヨソ者」という感覚が常にどこかでありました。そういう緊張感を持って、なんとか環境に適応できるきっかけを探したり、知っていることを探したりしていたのです。
それは英語をわざとゆっくりと話すことだったり、簡単な単語を意図的に選ぶことだったり。
知人は「ドイツでは英語を使わないから、衰えちゃったわ」なんて言ってたけど、ぜんぜん問題ありません。彼女のボーイフレンドと友達は、ゆっくり話せば理解してくれるし、彼らの英語も片言ですが、時間をかければ伝え合えます。
ただ、アメリカ人とマシンガンのように「用件が伝えられればいい」という英語の会話とは違うなぁ、と久しぶりに感じたのです。
それが悪いということではなく、私はいつの間にか「迎えられる側」から「迎える側」になっていたんだな、と気づいたのです。
かつて、私たちのホストマザーが特にそうだったように、ゆっくりはっきり話す、ということを無意識にしている自分。自分がしてもらって助かったことは、やはり他の人にもしてあげるべきなんだな、と確信しました。
それと同時に、「お互いに伝えたいけど、伝えられなかったことがたくさんあったんだろうな」と少し切なく思えたのです。
それは単なる英語力ではなくて、経験値が必要なこともあります。
この12年間で、私は結婚し、母親になり、仕事をし、家を買い、12歳の年をとりました。
彼女も父親の会社を継ぎ、今のボーイフレンドと出会い、家を建て、世界旅行をし、同じく12歳の年をとりました。
彼女が昔から持っていた、内面からにじみ出る美しさとエネルギーは、少し落ち着いたトーンになり、言葉でぎゅーっとハグするような暖かさが増した気がします。
30歳を過ぎ、「30年」という時間の長さを知った私たちは、「この先30年」という時間を考えるようになりました。
「このままで良いのか?」
「本当にやりたいことは、いつやるのか?」
残された時間は無限じゃない、という現実をお互いに知ったわけです。
旅行が大好きな彼女は、シニア年代の旅行者たちを助けることを仕事にしたいと考えているそう。毎日、パソコンに向かって保険を売る今の仕事は、「誰かを助けている」という実感を得られなくて、物足りないのだとか。
私も同様に、この先の30年を、このままパソコンの前に座って9時~5時の毎日を過ごすのか?と自分に問いかけていたときでした。自分から動かなければ、何も変わらないのだということもわかってきました。
思えば、20代前半だった私たち。夢も希望もすべてがカラフルで、スパークルをまいたようにキラキラしていました。
今は、その夢や希望が手のひらの上にあり、良くも悪くもそれらと向き合わざるを得なくなりました。
それが大人としての誇りに思うような、切ないような、そんな感じだったのです。
彼女との再会は、「自分にもそういう時期があった」と思えるきっかけになりました。時計を戻せない寂しさと同時に、今あるものと向き合う勇気を彼女がドイツから持ってきてくれたのです。
Erinaさん
“時計を戻せない寂しさと同時に、今あるものと向き合う勇気”
本当に同感です。
そして私も、特に子どもを授かってから、
『このままでいいのか』『もっとできる事があるはず』『自分に何ができるのか』など
色々自分に問うようになりました。
Erinaさんの記事をアメ10やNadeshiko Wayで読むと
Mentorとのセッションの様な感じでとても良い刺激になります。
ゆっくりじっくり、でもビジョンをもって、私も模索していきます。
Yukaさん、コメントありがとうございます。
そうですね。
私も子供が生まれて、家族を持つようになってからすごく考えるようになりました。
家族を持つことで生まれる責任と制限の中で、どうやって自分を成長させていくかのバランスを私も常に模索中です。
お互いに頑張りましょうね。
母にしかできない貢献、母だからわかる視点、たくさんあると思います。