iPadか?クレヨンか?

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こんにちは、Erinaです。

 

いよいよ先週から子供たちの学校も始まり、通常運転が始まりました。

 

長男は2年生、長女はKindergartenに入学しました。

昨年の長女は、TK (Transitional Kindergarten)と呼ばれる学年だったので、この小学校では二年目になります。

 

学校初日の前日、キンダーのオリエンテーションに行き、担任の先生からの説明を聞きます。

担任の先生は、Mrs. Hobson(ホブソン先生)で、同じ小学校に二人、中学校に一人の三人息子のママ。うちの子供たちと同じスイミングチームにも所属しており、練習でも顔を見合わせては挨拶していました。

長女は前々から、このミセス・ホブソンが大好きだったそうで、オリエンテーションで担任になったとわかってからはとても喜んでいました。

 

オリエンテーションで、このミセス・ホブソンが、「ホームワーク(宿題)」について説明しました。

 

「キンダーガーテンでは宿題は出しません。もし何か家で子供にさせたいなら、iPadを与えるよりも、ぬりえとか絵の具遊びをさせてください。はさみで古い雑誌を切り抜くとか、最近の子供はそういうことをしません。手を使って作業をする、ということがこの年齢には必要です。」

 

その他にミセス・ホブソンが紹介した「宿題」となるアクティビティは、木登りだとか、家の手伝いだとか、図書館やミュージアムに行くことだとか、親戚の家に遊びに行くことだとか、そういうことでした。

 

「Believe me.(信じてください。)普段の生活がどれだけクレイジーになるか、私も理解しています。このクラスの子供たちは、昼間、学校でものすごくたくさんのことを学びます。だから、おうちに帰ったときは、子どもらしく、子どもが楽しむべきことをさせてあげてください。Childhood(子ども時代)は本当に一瞬の出来事です。」

 

ミセス・ホブソンがそう言うと、周りの緊張気味の親たちの表情が一瞬ホッとし、ふぅ~っという安堵の音が聞こえた気がしました。

 

「この先生は、やっぱり良いな。」

 

長女がミセス・ホブソンを前から好きだった理由がわかった気がしました。

 

 

サンディエゴの他のエリアでは、1年生のうちから、子ども一人にiPad一台が与えられ、宿題も読書もコントロールされるシステムが導入されています。誰が一日に何時間読書をしたか、どんな問題ができてできなかったか、先生たちは子どものアチーブメントを「データ」としてモニタリングします。

 

そんな中で、私たち夫婦が、この学区とこの学校を選んだのは、やはり「人との結びつき」や「コミュニティの絆」の強さ、PTAや地元が子どもたちを一緒に育てていこう、という姿勢が見えたからです。

うちの学校は、現代のアメリカ都市部にしては”Old School”(古風)で、先生たちも「古きよき学校教育」を知っている人たちばかり。

ミセス・ホブソンのように、自分の子どもがこの学校に通っているという先生は他にもいるし、親同士が25年前に同級生だったり、一年生の担任二人が姉妹だったりと、本当にファミリーみたいな学校なのです。先生たちはみな、「この学校で教えることが夢だった!」と言います。

私も旦那も、テクノロジーの進化とそれにキャッチアップすることに辟易し、それよりも、本当の意味での「教育」の基盤になるものを、子どもたちには与えたいと思うようになったとき、この学校の存在を知ったのでした。

結果として、子どもたちは、私が子供時代にやっていたような外遊びやゲームをし、紙の本を読みます。

庭では隣のお家の木から落ちたドングリを集めては、「見て〜!」と喜んだり、近所の子が壁に止まったゲコ(とかげ)を手づかみで捕まえてはギャーギャーと騒いでいます。

長女は図書館に行くのが大好きだし、息子は寝る前に、誰に言われるでもなく、シリーズもののチャプターブックを読んでから寝ています。

 

 

 

今年春の長男の誕生日に、Kindleを買いました。

子供用として設定し、ゲームやビデオ、本などが見れるようにしました。一日に使用できるのは2時間までというリミットつき。

 

与えて数週間すると、私は長男の異変に気づきました。

ある宿題をなかなか理解できずに困っていたので、ヘルプをしたときのことです。

 

「○○ってどういうこと?」

 

と、問題の前提になること(学校で勉強したはずのこと)を聞いてみても、まったく答えが出てこないのです。

それどころか、彼の表情は「ブランク」で、考えている様子もさっぱりない、というよりもむしろ、「考え方」を忘れてしまったようなのです。

 

「これはマズイ。」

 

私は一瞬、彼の表情を見て、寒気がしました。

 

「これってもしかして、タブレットのせい?」

 

そんな感覚が頭をよぎりました。

 

この数週間、いくら教育用で制限つきとは言え、ゲームやらビデオを時間があればやっていた長男。宿題にも集中できず、タブレットのことを考えている彼。

 

「ちょっと、あなたのタブレットのことを考えさせてね。」

 

そう言って、子どもたちのタブレット使用について、旦那と相談することにしました。

 

私が長男にタブレットを与えてわかったことは、タブレットやパソコンは、子どもが“react”(何かに反応)することを教えるだけで、“proactive thinking”(自発的な思考)を教えないということでした。

 

与えられたステージ、与えられた問題、与えられた課題に「答える = react」するだけで、「ゼロから何かを生み出す」ということを教えないのです。

 

私はこの事実に気づいたとき、タブレットやコンピューターの本当の怖さを知ったのでした。

私たち大人は、タブレットやコンピューターが、あくまで「ツール」であり、物事を「プロセス」するためのものだと知っています。

電話はコミュニケーション、インターネットは情報収集、アプリはオーガナイザー。なきゃないで、なんとかするでしょう。

 

だけど、子どもは?

 

この小さな電子機器に、「ライフ」が詰まっていると育てられた子どもは、どんな大人になるのか?

 

私はそれが怖くなったのです。

 

夫婦会議の結果、子どもたちのタブレット使用は無期限で停止になりました。携帯ゲームだけは、外食したときにだけ、食べ終わった子どもだけが使えることにしました。

長男は、この決断から最初の1~2日は不機嫌でしたが、またそれも忘れると、妹と転げまわって遊んだり、かくれんぼなどをして遊ぶようになりました。

うちにはプレイステーションも、Wiiも、xBoxも、子供用のパソコンもありませんが、この経験をしてからは、買う予定はまったくありません。

ちなみに、あのスティーブ・ジョブズも、自分の子供たちにはそういうものを一切与えなかったことも有名ですね。

 

 

先週、学校初日から帰ってきた子どもたちは、「最初の宿題」として、クリエイティブなことをしました。

 

好きな絵をクレヨンで描いて、10ページをまとめて、一冊の本を作ったのです。ステープラー(ホッチキス)を出してきて、横をバチンバチンと留めて、兄妹合作の本を。

 

「最初はロボットのページ、次は動物のページ、その次は野菜のページ・・・。」

 

長男は自分なりに、グループを作り、ページの順番を決め、妹に協力させました。

 

“I really love your book!”

 

ゲームをクリアしただけじゃ、かけられない褒め言葉だなぁ、とママは初めて知ったのです。

 

 

 

 

 

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About Erina

こんにちは、Erinaです。 日本で一浪した後、2002年に留学生として渡米しました。ESLとコミュニティカレッジを経て、4年制大学に編入。高校時代は大嫌いだった数学が大学で大好きになり、応用数学専攻で卒業。金融アナリストインターン、IT企業でデータアナリスト、銀行で不動産アナリストを経て、現在、キャリアチェンジの真っ最中。アメリカの高校で数学教師になるために、2016年夏に脱サラ。久しぶりの勉強と主婦業に専念しています。二人の小学生のママです。趣味は読書・ヨガ・テニス・ゴルフ・DIY・庭仕事で、最近の一番の楽しみは子育てです。 アメリカに住む日本人女性を応援したくてこのブログを始めました。

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