
子どもの個性を愛する
こんにちは、Erinaです。
「子どもの個性」ってよく話題になりますが、みなさんはどうやって受け止めていますか?
今日は、私が自分の子育てを通して感じることを書いてみたいと思います。
まず、私が子どもの個性について感じるようになったのは、下の子(娘)が生まれたときでした。
それまで息子一人だったときは、彼は「うちの子」であり、他の子供と比べてどんな子どもなのか、どんな人間なのかということを考える機会があまりありませんでした。
娘ができて、それこそ妊娠時期から「この子は息子と違う」ということを感じていたし、「みんな違って当たり前」というものを予感するようになりました。
生まれてみると、やっぱり全く違った!男女の違いもあるだろうし、とにかく個人の違いというのは、これほどまでか?と驚くことばかりでした。
一人っ子で育った私は、兄弟姉妹という関係性を知らずに育ったので、「同じ親から生まれてきたのに、全然違う」ということがあまり想像できませんでした。
しかし、こうやって二児の母になって感じることは、やはり二人の子ども達は全くの別人格であり、それぞれに長所もあれば短所もあり、比べることなんて絶対にできないし、しちゃいけないんだな、ということ。
たとえば、これらの写真を見てください。
上の絵と、下の箱は、うちの子ども達がそれぞれ作ったものです。
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上は6歳の娘がアートクラスで描いたもの。
下は8歳の息子がアフタースクールで作ったものだそうです。
きっと、多くの人は上の絵を見て「おぉ!」と思い、下の箱を見て「なんて書いてるの?」と思うはずです。笑
娘はこの作品を二日かけて仕上げました。
自分でネズミの絵とサンセットのバックグラウンドを選び、描いたそうです。
息子のほうはアフタースクールで空き箱の街づくりをしたそうで、そこで「パンダエクスプレス」を作りました。(牛に見える動物はパンダだそうです)
裏にはきちんと非常出口と、”Do not block”(塞がないように)という注意書きまであります。
私はこの二つの作品を見て、両方素晴らしい!と思いました。
6歳の子どもが一時間以上のあいだ、集中して物事をじっくり描く作業ができることも素晴らしい。
8歳の子どもがこれだけのディテールを観察し、それを再現できることも素晴らしい。
それぞれに「うーん?」と思うことはあっても、それらを含めて素晴らしいと思うし、この二作品のどちらがベターか?なんて絶対に決められません。
両方の作品に、二人の個性が表れていて、自分たちが自分で描きたいもの・作りたいものを選んでこうやって形にした。
そこには親や大人のジャッジメントなんて全く必要なくて、彼らのアタマの中を少しだけ知ることができた事実に、幸せだなぁと思うのです。
先日、どうしてMathは大事なのか?という話を子ども達としていて、こんなことを言いました。
私:「Mathっていうのは、単なる暗記とか計算じゃないの。他にもっと大事なことがある。それは『考える』っていうこと。わかる?」
息子:「うん、なんとなく。」
私:「あなたは小さい頃から、本当に小さい頃から、きっと色々なことを考えていた子どもだった。物静かだったけど、周りをよーく観察して、自分なりにプロセスをしていたのよね。ママね、今になってそういうことに気づいたのよ。」
息子:「・・・・。」
私:「あなたの妹は思ったことを全て言葉に出すから、わかりやすいのだけど、あなたはそうじゃない。アタマの中で本当にたくさんの思考がめぐっている。それをね、書き残しておきなさい。紙でも良いし、ラップトップでも良いし。私もそうしてるのよ。」
息子:「そうなの?」
私:「うん、私は自分あてにメールを書いて、それをまとめてる。それがブログの記事になってる。」
息子:「へぇ・・・・。」
私:「どうして空は青いんだろうとか、どうしてあっちの空とこっちの空じゃ青の種類が違うんだろうとか。答えまで書かなくて良いの。それをメールで送ってくれたら、一緒に答えを探しましょう。
大事なのは、あなたのアタマの中の考えを、形にして、残しておくということだから。」
息子:「わかった。」
そういうと彼は私をぎゅっとハグしてくれました。
うちの息子は、この記事でも書いたように言葉も遅く、私は個人的に自閉症について勉強したこともありました。
限られた母親経験の中で、私は頭をひねってきました。
彼が大きくなって、彼自身の世界が広がると、正解は一つじゃないなとつくづく思うし、無理に結論を出さないということの重要性もわかってきました。
それはこうやって、当時は短所だと思っていたことが、実は彼の強みであると解釈できるようになったし、特にこの社会ではそう思わせてくれるチャンスがゴロゴロと転がっているということを知ったからです。
彼は口数が少ない分、アタマの中に「思考」というものがあり、それは言語という制限のないそれこそ無限に広がる世界でもあります。
それを表現するツールがなんであれ、彼は自分で興味を持って、「これをやりたい」と教えてくれるようになったし、それを見守ることこそが今やるべき私の仕事だなぁと思うのです。
世の中には本当に様々な子どもがいます。大人と同じです。
言ってくれる子どももいれば、言ってくれない子どももいる。
描いてくれる子どももいれば、描かない子どももいる。
親の期待通りの子どももいれば、そうでない子どももいる。
大事なのは、子どもが自分らしく育つことだと私は思います。
社会のルールを教え、生きる方法を教え、だけど彼らが自分自身を愛する方法も教える。
そういう親でありたいなと思うのです。


