
脱サラ母の数学教師への道 (4) 辞表とその後
(前回の続きです)
Two Weeks Notice(辞表)をボスに渡して、自分のオフィスに戻ると、気持ちは驚くくらいスッキリしていた。
同時に、「もうやるべきことはやった」という気持ちと、「もう後には戻れない」というプレッシャーが半分半分で、アタマの中がぐるんぐるんしていた。
それでも、「もう悩まなくても良いんだ」という事実は自分を解放してくれたし、「教職」という別の道が、自分の中で初めて現実的になっていた。
これまでは、いくら口で「教師になります」とは言っていても、やはり現職というセーフティネットがあって、いつでもそこに戻ることができた。だけど、それももうない。それでも、不安よりも、新しいことが始まるワクワクのほうが大きかった。
しばらくは何も考えたくなかった。
「次は何するの?」という質問にも、答えたくなかった。
学校にアプライするのに必要なものやテストなども、すぐにはとりかかる気になれなかった。
それほど私は疲れていて、この5年間、どれだけ自分を消耗させてきたかを初めて知った。
仕事帰り、フリーウェイに入るまでの渋滞を運転しながら、自分がいかにアタマを使わず、流れに身を任せるだけで生きてきたのか、初めて知った。
「何も考えてなかったんだな」
こんな受身な人生を送っていて、本当に「生きてる」って言えるのか?と初めて思った。
それでも、悲観的に感じる要素は一つもなかった。
この年になれば、何かの始まりは何かの終わりであり、そうやってビタースイートな経験が積み上がる。私は今になって、そう思えることが嬉しかった。
その日の夜は、ビールを飲む気にも、ワインを飲む気にもなれなかった。
次の日の朝、ボスが私のオフィスにやってきた。
「考えたんだけど、チームにあなたの決断をメールして良いかしら。噂とかで広まるのもどうかと思うし、どうせなら正式に発表したほうが良いと思うから。」
(こういう正々堂々としたところは、さすがだな、と思う。)
私:「ええ、良いですよ。」
ボス:「じゃあ、今朝のうちにメールするわね。あ、HR(Human Resource; 人事部)からはまだ返事はもらってないんだけど。」
私:「了解です。もう一つ言い忘れたことがあるんですけど。もし夏も働かせてくれるなら、子ども達のキャンプを探さなきゃいけないんで、3週間くらいは前もってヘッズアップしてくれると助かります。」
(つまり、「夏もある程度は働く」という保証がないと、子ども達の夏休み中のキャンプも申し込めない。)
ボス:「オーケー、わかったわ。じゃあこうしましょう。30日という枠で進めましょう。」
(つまり何も言われない限り、その日から先30日間は仕事があるということになる。)
私:「わかりました。」
そんなわけで、5月31日という最終日は延びることになりそうだけれど、その分、お金も貯められる。何より、「次の人を雇う」というプレッシャーの矛先が私に向いていないのだから、かなり気が楽だ。
ボスが出て行った後、友人でもある同僚のマンディがオフィスにやってきた。
「昨日、ついにNoticeを出したよ。」
私がそう言うと、いつもは穏やかなマンディがショックそうに両手で顔を覆う。
彼女には一週間前の「パートタイムになりたい」という最初のミーティングの結果も報告していたし、その時のボスの決断に対して、すごく腹を立てていた。私は「まぁなるようにしかならないし・・・」と半分あきらめていたのだけれど、マンディはボスの頑固さを厳しく指摘した。
マンディは6歳の自閉症の息子を持つママ。
息子が自閉症と診断され、一旦はうちの銀行を辞めた。
しかし、彼が小学校に入学し、セラピーなども軌道に乗ると、パートタイムで復帰することになった。学校のピックアップに間に合うように、朝早く出勤し、午後1時には帰る。
“I don’t know why she can’t do that for you.”
(どうしてボスがあなたをパートタイムにさせてあげないのか理解できない)
私は「まぁ、仕方ないよ」と思いながらマンディの言葉を聞く。
いつもはすごくソフトでポライトな彼女が、こんなに腹を立てるのはとても珍しいのだ。
“It took her MONTHS to find you. She should know how hard it is to find a good analyst.”
(あなたを雇ったときも、何ヶ月もかかったのよ。良いアナリストを見つけるのは大変だってこと、知ってるはずなのに。)
彼女の不安とイライラが伝わってくるようだった。
それでもボスは自分の意見を変えないだろう。
ボスは自分の中で「こうだ」と決めたことは、絶対に覆さない性格だからだ。
それほどの自己防衛が必要になるくらい、彼女は、この仕事で辛い思いをしてきたのだろうと私は思った。そしてそれがとても悲しかったし、同時に、彼女のようにはなりたくないから、自分はやわらかいアタマでキャリアを築こうと思った。
ボスからのメールがチーム全体に行き渡ると、同僚たちがやってきた。
「で、高校ではバスケットボールのコーチになるんだって?」
なんてジョークを言う人もいる。
「あなたは良い先生になれるわよ」と言われて、「だと良いんだけど (I hope so.)」と答える。
大学のプログラムや、学校事情、日本とアメリカの数学の違いなんかを話していると、「こういう自分も受け入れてもらえる」ということに気づいた。
今まで、やりたいことを押し殺して、限られた人にだけシェアして、毎日、やりたくない仕事だけをするための場所に来ることは苦痛だった。お金をもらうために、暇な職場で8時間以上を過ごすという現実に耐えられなかった。
本当は、他にやりたいことがあって、動き出していて、いつかはここを離れる。
そういう事実が公になった今、私はやっと自分自身がここにいる気がした。
私の決断を受け入れてくれる人もいる。
失敗を恐れて踏み出せない人もいる。
私の勇気に嫉妬する人もいるだろう。
馬鹿にする人もいるかもしれない。
応援してくれる人もいれば、泣いてくれる人もいる。
私は応援してくれる人がいることを心からありがたいと思えたし、自分は本当に幸せなんだと気づいた。
それは人間関係の断捨離だ。
こういう瞬間に、人間の本質というのは見える。
どんな決断であれ、私を応援してくれる人というのは本物であり、それで離れていく人というのはそれまでの関係だったということだ。
そうやって人間関係も淘汰していかないと、自分の成長も止まる。
こうやって、Two Weeks Noticeを出したことで、色々なことが見えた一週間だった。
久しぶりに、少し肩の力が抜けた。
週末に飲んだビールはとてもおいしかったし、夜はぐっすりと眠れた。
恭子さんの言葉を思い出す。
「ホラ、演劇でも”intermission”(幕間)ってあるでしょ。幕と幕のあいだの休憩時間のこと。
今のエリナさんもそれと同じ。
次の幕が上がれば、また新しいことが始まるんだから。」
こういう気分も悪くないな、と思った。
今はこの時間を楽しもう。
いつかはまた立ち上がって、歩く時がやってくるのだから。
続編:脱サラ母(番外編) Everything happens for a reason