
転職か、残留か (7)
アメリカの銀行で働く、日本人ママの物語。
前回までのお話はこちら。
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サンディエゴから北へ1時間半のIrvineオフィスにも、不動産チームがある。
Special Asset(スペシャル・アセット) と呼ばれるこのチームは、問題のあるローンに対応する特別チーム。
このチームの案件は、法律や警察などが絡んでくることもあり、めちゃめちゃ興味深い。
「銀行員なら、一度はスペシャル・アセットをやっておくべき。」だとか、「スペシャル・アセットでの一年はMBA以上の価値がある。」と言われるくらい、業界やビジネス、人間のことを学べる場所らしい。
しかしながら、その性質上、嫌がる人も多い。Special Asset Departmentは略して”SAD”とも呼ばれ、それは案件がsadだからだ、なんて嫌味なジョークを言う人もいる。
チームリーダーのジェレミーはコントラクター(建設業者)上がりのベテラン。裁判所に出向いたり、抵当入りした物件の競売に参加したりもする。
彼の下に精鋭部隊の4人がいる。
クールなリズ。高校生の息子が一人いる彼女は、長身でスラリとしてモデルみたいなのだけれど、話すとめちゃカジュアルで、学生時代の友達みたいな人。
ムードメーカーのアン。中学生の娘が一人いる彼女は、このチームで私が一番最初に知り合って仕事をした人。何かと気にかけてくれて、とても話しやすい。
おっとりのカイル。おそらくジェレミーと一番付き合いの長い人。コミュニケーションは手短だけれど、このタフな仕事内容に必要な忍耐力を持っている。
フレンドリーなブラッド。ソフトな口調の奥にある意図や決断力はとてもスマートで強い。
このチームは、銀行内でもかなり特殊な位置にいる。
というのも、マニュアルが通用しないスペシャル・アセットでは、個々の経験や判断力が頼りであり、はっきり言って「替えのない」ポジションだ。
この5人が一緒に仕事をするようになって20年近くになるらしい。
銀行が吸収されたり、破綻した場合は、ジェレミーが次の銀行でもメンバー全員を集めるからで、家族みたいに彼らの結束力は強い。
ちょうど一年前、そのジェレミーが社内トレーニングをオーガナイズした。
北はサン・ルイス・オビスポ、南はサンディエゴから、融資担当者やアナリストたちが一斉に集まり、社内の融資ポリシーや不動産業界について濃密に勉強する内容だった。
3ヶ月かけて行われたこのトレーニングに私も参加した。
それまでメールや電話でのやりとりをしていたジェレミーのチームと対面したとき、「このチームはすごい」と直感でわかった。
「この人たちと仕事をしたら、絶対に成長できる。」
「何とかして、このチームと仕事ができないだろうか?」
そんなことを考え始めた。
今まで、数ヶ月に一度の頻度でアナリストとしてお手伝いをしてきたけれど、この5人の下で働きたい。彼らが日常的にやっていることを、目の前で学びたい。
そう思い始めた。
彼らが対応する案件というのは、
合法マリファナディスペンサリー(大麻自販機)の設置された建物の立ち入り検査
ドラッグ・アルコール中毒リハビリ患者用の政府認定アパートメントのForeclosure
アリゾナの砂漠のど真ん中に建てられた未完成の物件
コントラクターたちがプロジェクトを途中放棄した建設物件
お金のやりとりがUnder the table(違法)のリカーストア
違法でアダルトビデオ撮影所に使われていた倉庫(過去に麻薬取引の記録あり)の売却
・・・・などなど、聞いていて驚くものばかり。
「問題」があるところには、常に人間の本性というものが渦巻いている。
破産・不景気・離婚・不和・病気・死・犯罪などの快く歓迎されないイベントにおいて、人はどう行動するか。
融資者として、何を見抜くべきか。
そこにどんな解決策が残されているのか。
日頃から人間のそういう部分と向き合っているこの5人は、タフ以外の何者でもない
のだ。
今年に入って、このチームから個人的に仕事を頼まれることが増えた。
もともとこのチームは分析重視ではないので、アナリストがいない。
「こういう案件を扱ってるんだけど、分析には何が必要?」
「この状況だと、どういう情報から捉えれば良いと思う?」
「この分析がどうして必要か、説明してくれる?」
マニュアルの通用しない質問も増えた。
その場で案件の全体像を把握して、足りない部分を見抜く。
ある日のディナーテーブル。
私:「そういう質問をされるようになったの。」
旦那:「君が賢いって、気づいたからだよ。」
私:「・・・。考えたんだけど、今、転職したら、これらも失うのよね。なんていうの、こういう、築いてきた信頼みたいな。」
旦那:「もちろんそうだね。それも転職するなら考えに入れないとね。」
私:「それが大きくなってきてる。失うには大きすぎる。」
私のボスのバーバラは、幸いにもこのチームを手伝うことを快く思ってくれているし、仕事量についても私の裁量に任せてくれている。それはとても感謝しているし、バーバラには絶対に誠実でありたい。
そんな中、リズが締め切り直前だという仕事を持ち込んできた。
「自分でやってみたけど、全然、数字が合わないの!見てくれる?締め切り前で悪いんだけど。」
「オーケー。今日は忙しくないし、早速、見てみるよ。」
そんなやりとりのメールで資料をもらう。
良かった、先週まではものすごく忙しかったから、グッドタイミング。
一日かけて、なんとかリズに提出する。
次の朝、丁寧なメールが来ていた。バーバラとジェレミーにもコピーしてある。
「エリナ、本当にありがとう。あなたの仕事はいつも速くて、とても丁寧です。あなたがこれをやってくれる間に、私は別のレポートを締め切り前に終わらせることができそうです。」
間に合いそうでよかった。
「ヘルプできて良かったです。もし手直しが必要だったら、教えてください。」
返事は簡潔に、謙虚に。
「一緒に仕事がしやすいから、次も頼もう」と思ってもらえる人材になることが、今は一番の目標だ。
まずは、そこから。
不動産の授業だって、今やっている仕事だって、自分次第なんだ。
そしていつか、荒れ果てた現場を目の前にして、「よし、やりますか。」と一緒に言える人材になれるように。
5人の背中を見失わないように。
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一旦、落ち着いたかと思った「転職か、残留か」 シリーズですが、次回に続きます。
次回は最終回です。