私の経験の仕方

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こんにちは、Akariです。

 

クリスマスの日、中国人の友達に誘われて行ったパーティー参加者が、全員中国人だった。1人だけ、なんだか場違いみたいな感じはしたけれど、(聞き取れたのはorange chickenだけだったけれど) 気にしないで楽しんだ。

 

9年生の英語のクラスにひとり11年生だったとしてもまぁ、it’s not a big deal.

自分の書いたポエムを暗唱するだけのプロジェクトで、ギターを持って、ポエムを歌にしてクラスの前で歌ってみた。別に歌が上手いわけじゃないけれど。人前でギターを持って歌ったことなどないけれど。

 

とにかくなんでも経験してみよう。

我が道を行ってみよう。

色んな世界を冒険してみよう。

もしかしたら違う道が開けるかもしれない。

少しの度胸とか、少し違う風に考えてみたり、ちょっとだけポジティブに考えてみるだけで、180度ちがう “経験の仕方”をすることができる。

 

例えばもし私が、「中国人しかいなくてつまらない。早く帰りたいな。」 とあの時思っていたら、ちがう「経験の仕方」をしていた。きっと私は、あのクリスマスパーティを「つまらなかった。」と形容して終わりだった。

しかし、あの時、私は少しポジティブに考えてみたから、あのイベントは私にとって、「中国の文化に触れることのできた興味深い経験」となった。実際に、自分の周りは中国語で、目の前にある料理は全て中国料理という環境に突然ポツンと置かれると、なんだか聞くもの見るもの全てが新鮮に見えた。アメリカにいるのにも関わらず、その中国人のパーティに参加することで、「ミニ中国留学」を体験できたような気がした。こんな贅沢ないじゃないっ?と、私は思いっきり楽しんだ。

 

クラスの前でギターを持って歌ってみたのだって、私はただただみんなの前に立ちたい目立ちたがり屋なのではなくて、少し自分を試してみたかったからだ。クラスの前で自分のステージを作ったという経験があると、これからの自分にいいことがあるんじゃないかと考えた。

ただ周りと同じように暗唱するだけよりも、歌ってみた方が面白い経験になるんじゃないか。

実際、みんなの前で歌を披露したあと、なんだか私はスッキリしたし、これからも挑戦していくぞという気持ちになった。この先何か緊張することがあっても、「いや、あんだけひどい歌を披露してなんとかなったんだから大丈夫だな」と思える。

 

 

前の記事でもさらっと述べたように、人生において、何を経験して来たのかというのはとても大事だと思う。

だから、どう経験するのか、その経験の仕方も大切になってくる。

ただ単に、つまらなかった、楽しかったとか、嫌だった思い出とするよりも、もう一歩深く踏み込んでみて、「この出来事をどう捉えたら私にとって将来役に立つのか」 と、ちょっとだけ考えてみた方が、よりよい経験の仕方をしたといえる。その理由付けが、傍から見て大袈裟なものだとしても、私はその「大袈裟さ」が、眠っていたpassionやideaを呼び起こし、将来への道を、様々なフィールドのブランチへと大きく導いてくれると思う。

それに、ただ1つの言葉で物事を片付けてしまうより、少しそれについて考えてみたらもっと意味のあるものに自然と見えてくるはずだ。踏んできた経験の重さや数が将来の成功につながっていると思う。1つ1つ単なる出来事だとおもわずに、そこから少しでも何か学んでみようとする姿勢が大切だ。

 

 

 

 

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