
転職か、残留か (8)
久しぶりのアメリカの銀行で働く日本人ママの物語。
前回までのお話はこちらでどうぞ。
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景気回復に時間がかかっているアメリカ。
FRBが利上げするという噂も、噂のままで半年が過ぎた。もう年内の利上げはないのでは?なんて言われている。
建設業界はスローながら少しずつ温まってきていて、サンディエゴダウンダウンでも、あちこちで新規建設が行われている。しかし、まだまだ郊外のビジネスコンプレックスには、”For Lease”のサインが見られ、建物が満室じゃないことがわかる。
「景気復活まで、あとどれくらいかかるのか?」
建設業界・金融業界内に、そんなフラストレーションが募る。うちの銀行でも、全体的にポートフォリオサイズが小さくなっている気がする。
みんな口には出さないけれど、「今のままで良いはずはない」という確信になっていく。
同僚の融資担当者・クリスティは、私と同年代の娘が二人いるキャリアウーマン。彼女はボスのバーバラとも個人的な友人で、家族ぐるみの長い付き合いらしい。
現在は、マネジャーとしての肩書きよりも、新規建設の案件を見つけてはクローズするという敏腕女性だ。小柄な彼女の”go-getter”な姿勢や、パリッとした考え方、伝え方は、このチームにはなくてはならない存在で、ワーキングマザーのお手本のような人である。
母校も私と同じで、最近は全国区になったバスケットボールチームのことや、ビジネス学部のこと、卒業生のネットワークなど、有益な情報がポンポンと出てくる。サンディエゴに根付いたビジネスをする上で、彼女の経験はとても役に立った。今回の転職プロセスでも、メンターとしてこっそりとキャリア相談をしていた。
そんなクリスティが、いつものように足早に私のオフィスに入ってきた、6月のある朝。
「○○が退職するのよ。」
○○というのは、うちの銀行の融資すべてを統括するトップマネジメントの男性だ。
この銀行の強みはどんなビジネスで、どんな物件で、どんなフィールドにフォーカスするかというのは、この男性の決断にかかっていた。企業で言うなら、”COO”にあたるだろう。
「え?本当に?!」
私はあまりに突然のビッグニュースに、つい声が大きくなる。
「で、ジェレミーが後継者!」
「え!!」
あのジェレミーが、銀行融資のトップポジションにつく。
驚いたけれど、少し納得する部分もある。
私:「あの去年のトレーニング。そのつじつまが今、合ったわ。」
ク:「どういうこと?」
私:「何か理由があるなぁ、とは思ってたんです。あんなファンダメンタルなトレーニングを銀行規模でやるなんて、絶対に何かあるんじゃないか、とは思ってたんですよ。これの伏線だったんですね。」
クリスティは納得したようにうなずく。
私:「で、ジェレミーのチーム(スペシャル・アセット)はどうなるんですかね?」
ク:「さぁ、そこまではわからないわ。とにかく、○○は7月に退職予定だって。」
何かが変わっていく。
そんな予感がした。
徐々にだけれど、私の目で見えるには時間がかかるだろうけれど、水面下では何かが動いている。
クリスティのサプライズニュースから3日後、全社員に向けて、○○さん退職の告知メールが送られた。
「7月15日をもって、○○は退職します。後継者はジェレミーです。」
私はジェレミーの引継ぎよりも、彼のチームの先行きが気になった。
「誰が新しいマネジャーになるんだろう?」
リズ、アン、カイル、ブラッド。4人の顔を思い浮かべる。まさか縮小ってことはないよね・・・?
そんなことを思いながら、7月15日になる。特に新しいアナウンスはない。
8月に入り、バケーションから戻ると、リズからボイスメールが入っている。
「新しい案件の分析をお願いしたいので、連絡をくれますか?急ぎじゃないんだけど。」
折り返しリズに電話をする。
私:「おはようございます。元気ですか?」
リズ:「久しぶりね。こっちはまぁまぁよ。」
私:「あ、そうか、ジェレミーがもういないんですよね。」
リズ:「同じ建物ではあるんだけどね。でもやっぱりなんだか違うわね。」
私:「そうですか。」
リズ:「うん、最近はちょっとスローというか・・・。みんな静かにして、波を立たせないようにしているというか。」
私:「どこも同じですね。」
リズ:「まぁ、仕事があるってこと自体、幸せなことよね。もしまた新しい銀行に行くとなったら、新しい仕事を覚えなきゃいけないわけだし・・・・。」
ちょっと最後は口ごもるリズ。
新しい銀行って・・・仕事がなくなる心配をしているリズの言葉に、「変化」が現実のものであることを実感する。今回の人事で、直接的影響を受けたチームでは、やっぱりそんなところまで行ってるのか。
とりあえず、仕事の依頼をもらって、電話を切る。
それから二週間後、思いがけないニュースを耳にする。
「アンが腰の手術をして、数ヶ月の休養期間に入っている」とのこと。
最近、連絡がないなぁと思ったら、そういうことだったのか・・・。無事だと良いけれど。
ジェレミーがいなくなり、アンが不在のスペシャルアセットチームでは、リズがチームの存続を心配している。歴史的な大不況を通り抜けて、このチームのポートフォリオが小さくなってきたのは事実。つまり、仕事が減っているのだ。
景気に左右されるチームで働くことの、現実の厳しさを知る。
私はこの頃、転職活動をいったんやめることにした。
それは今の仕事に残って頑張ろう!という決意表明ではない。
「他の会社に転職したら何かが変わる」という考えが、根本的に間違っていたと気づいたからだった。
他の会社に移っても、自分の中の満たされない部分は何も変わらないと気づいた今、本当に自分のやりたいことをする準備のため、会社でフルタイム勤務という考えから少し離れようと思ったのだ。
去年から続いていた転職か?残留か?という自分の中の疑問にも、「どちらでもない」という答えが見つかって、ストーンと腑に落ちた気がした。そしてそれ以来、今の仕事が苦にならなくなったし、私の目は完全に「未来」を向いている。
ただ、いつまでもこのままでいるわけにはいかないから、自分の中にタイムリミットと条件だけは設定した。
それらが満たされた時点で、私は行動を起こすだけのことだ。
「やっとここまで来た」
自分でそう思えた。
あの苦しみも、葛藤も、悩みや不安も、フラストレーションも、全て、ここにたどり着くために必要なプロセスだったのだ。
まだ何も始まっていないけれど、闇の中で立ち止まっていた自分はいない。
今でも周りは真っ暗だけど、やっと、「そろそろ歩き出そうかな」と思えるようになった。
待ってるだけじゃ、何もやってこない。
自分から探しに行かないと。
8月で33歳になった私の冒険は、まだまだ続く気がしている。
5年働いた銀行でのアナリストから、次のチャプターが始まったのは2016年。
そのエピソードの始まりは、こちらで読めます。