
転職か、残留か (2)
アメリカの銀行で働く日本人ママの物語。前回のお話はこちら。
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「キミに弱点なんかないんだからね。」
夕食が終わって、子供たちがディナーテーブルを去ると、旦那が口を開く。
数日前、転職先候補のB社があるリンクをメールで送ってきた。
ベーシックな問題解決力を測るオンラインテストを受けて欲しいとのことで、内容はボキャブラリー、文章読解力、数学力などだった。
「へぇ、イマドキの会社はこういうものもやるんだ・・・。」
銀行の中でもハイテク系のB社は、早期段階のハイヤリングプロセスでこういう能力分析テストも取り入れているらしい。こんなところでもデータを使うとは、なんとも「それっぽい」。
その中で、3問くらいあったボキャブラリーの問題に手間取った。
在米歴も13年が経ち、生活の中で使う単語は限られてくる。
その枠を超えた単語に出会うには、積極的に新しい分野の文献を読んだりするしかないのだけれど、なかなかそこまで手が届いていない。
「こんな単語も知らないなんて、やっぱり自分はネイティブじゃないんだな・・・。」と実感する瞬間だ。
テスト終了後、ふとその不安を旦那にこぼした。
「やっぱりボキャブラリーが私の弱点だと思う。」
言ってから、自分ながらこんなふうに弱気になることに少し驚いた。
“You don’t have weakness.”
そんな私に対して、テーブルの向こう側から旦那が言う。
「君に弱点なんかないよ。君の英語はパーフェクトだ。仕事内容だって理解できる。仕事に対して、自分の意見だって言うことができる。そうでしょ?」
夕食後の15分は、夫婦でゆっくりと会話をするようにしている。
子供たちが「ママ、これやって!」「ちょっと来て!」と戻ってくるまでに、今日の出来事だとか、明日は業者が来るよとか、週末の予定はどうなってるとか、夫婦間で伝えることはたくさんある。
「で、どういうテストだったの?」
旦那がB社の能力分析テストの内容を尋ねる。
私:「ん~。文章読解とか、ボキャブラリーとかだよ。数学的なのもあったし、エッセイも書いた。」
旦那:「数学的なのってどんなの?」
私:「時間内に、数字を正確に読み取れるかとか、単位計算とか。あとはホラ、IQテストとかにありそうな、立体の分解図を見てどれが正しいか?みたいなのとか。」
旦:「ふ~ん。」
「こういうのは日本人が得意なのよね。」と口から出そうだったのを止めた。
制限時間10分で30問の読解。
制限時間20分で45問の数量的思考。
その後、時間制限なしのエッセイ。
ボキャブラリーを含む読解の部分は、時間内に全問を終えることができなかった。
HRの担当者は、「エッセイ以外の部分は、最後までできなくて当たり前だから」と言っていたけど、日本人的な考えだと、なかなかそれに納得できない。
「最後までできない問題を作るな」と思ってしまう。
旦那:「で、テストの結果はわかったの?」
私:「ううん、わからない。その情報は直接HRに行くだけだと思う。」
旦:「そっか。じゃあ、明日のミーティングでわかるじゃん。」
私:「まぁね。明日もう一度、ミーティング前にテストを受けて欲しいんだって。」
B社は、このオンラインテストを受けたのが私本人かを確認したいのだろうか。ミーティングの際にも短いテストを受けてくれと言われていた。
「英語に自信がなくて・・・。」と言う日本人は多い。いや、訂正。「英語に自信があります。」と言う日本人に出会ったことがない。
アメリカで大学や大学院を卒業しても、アメリカ企業で、外国人に囲まれて仕事をすることに抵抗を感じる日本人がものすごく多いのが現実だ。
みんな口を揃えて、「英語に自信がないから」と言う。
私は当初それがショックで、それ以上、彼女たちにアメリカ企業への就職を勧めることはできなかった。
私が思うに、その不安の根源は単なる英語力ではなくて、アメリカ企業の会社文化や働き方に馴染みがないからだろう。
たとえば面接一つ取ってみても、日本の「御社を志望した理由は・・・」と口を揃えて言うマニュアル面接しか知らない。実際は私だってそんな日本風な面接をやったことはなくて、テレビの中でしか知らない。自分がどれだけ洗脳されているかに気づく。
だから、「面接」とか「アメリカ人上司」という対人的な未知への挑戦の中で、非対人的なオンラインテストというのは、日本人の心強い味方である。
特に数学なんてそうだ。
たとえば、こんなような問題が今回のテストにあった。
Choose the smallest.
a: 1.04
b: 0.563
c: 2
d: 0.1
ABC Company manufactures chairs. It takes 6 hours to make 20 chairs. How long does it take to make 50 chairs?
a: 10 hours
b: 15 hours
c: 18 hours
d: 22 hours
なんて、数学と呼ぶのは気が引けるような問題も、読めれば多くの日本人はサラッとやってしまうはず。
しかし現実は、ここまでたどり着く日本人が絶対的に少ない。最初からアメリカ企業の求人に応募しないからだ。
学歴や経歴で言えば、私よりもずっと華々しいものを持つ日本人がこの国にはごまんといる。私はこれまで、それを持たない自分にコンプレックスを感じていた。
しかし、現実は違った。
「自分にはできる!」と最後まで信じた人間だけが残るのだ。そこに国籍や学歴は関係ない。
チャンスという気まぐれな生き物を引き寄せ、つかまえる能力を持つ人間だけが生き残り、次のステージへ進める。
それがアメリカという国。
この国で行われる実力主義という名のレースは、それはそれはシビアなものだけれど、一度はまると抜けられない面白みがある。
この短いアメリカ生活で私はそれを学んだ。
私は決してエリートではない。なれるとも思っていないし、なりたいとも思っていない。
自分は誰よりも努力したなんて傲慢になったこともないし、そもそも、努力の量なんて測れないし比べられない。
ただ、結果を出す重要性は知っているし、出し方を学んでいる。
それだけのことであり、そして、それは誰にでもできることだと私は知っている。
次の日、B社HR担当者とのミーティング。
初めて会ったHR担当者は、挨拶するなりこう言った。
“You did VERY good on the test.”
なんとなくホッとする。
たかだか3つのボキャブラリー問題で、足踏みなんかしてちゃダメなんだ。
Erina さん、
はじめまして、先日このブログを偶然見かけ、楽しく読ませていただいてます。
共通点もあり、勉強になることや共感することがたくさんあって、どんどん引き込まれていくように興味深く読ませていただきました。アメリカで活躍している日本人女性が学びあえる場として、また刺激を与え、励ましあえる同士として、とても素晴らしい場だと思います。貴重な体験談や考え方などシェアしてくださって、ありがとうございます。
これからも読ませていただきますね。応援しています!
ももさん、こんにちは!コメントありがとうございます。
アメリカに住む日本人女性の応援の場所になるように、様々な情報発信をしていきたいと思っています。
また遊びに来てください♪
すごいね。どれだけの人がこの言葉に励まされて前に進む元気を、もらうんだろう。一歩を踏み出した人にしか前に進む権利はないんだね。世の中に、初めからすごい人はいないってこと?旦那さんの出番は絶妙です。
ちかちゃんさん、こんにちは。
私は始めからすごい人はいたとしても、とっても少ないと思うようになりました。
バイト経験すらなくて、こっちの履歴書(レジュメ)に何も書く事がなかったときに、「みんなどこかから始めるんだから、心配しないで」ってみんなに言われました。つまり、誰でも「何もない」というところからスタートするんですよね。
今あるものは、みんな時間とエネルギーをかけて積み重ねてきたものであって、それをうらやましいとか妬ましいと思うのではなく、自分も一からやろう、って思えるかどうかだと思います。