
アタリ先生とハズレ先生
こんにちは、Erinaです。
日本でも新学年が始まったようですね。
ピカピカのランドセルに桜の花びら。しばらくそんな光景から遠ざかっていますが、もうそんな時期か・・・と想像しています。
ここアメリカでは、今学年も6月で終わりますから、残りあと2ヶ月ほど。その後は忙しくてバタバタの夏休みが待っています。
今年はうちの息子は2年生 (2nd Grade)、娘はキンダーでした。
アメリカの小学校は、担任が持ち上がることはほとんどありません。
つまり、先生たちは常に「1年生の先生」とか「2年生の先生」であり、子ども達の進級に合わせて次の学年を教えるということはないのです。
日本では新1年生の担任たちはたいていのことがない限り、子ども達と一緒に進級し、6年生まで教えますが、アメリカではこれは起こらないわけです。
このシステムのメリットは、
先生はその学年のプロである
ということで、日本のように1~6年生すべての題材をカバーする必要がないので、先生への負担も少ないのではないでしょうか。
しかし同時に、「どの先生に当たるか」というのが毎年行なわれ、かなりドキドキします。
そしてその中でもやっぱり「アタリ」な先生もいれば、「ハズレ」な先生もいるわけで、アタリ先生になった一年は、子どものアカデミックな面での成長が目に見えるし、ハズレ先生になった一年は、「何のために学校に行ってるの?」と思わざるをえません。
(「アタリ」な先生は、英語では”strong teacher”、「ハズレ」な先生は”weak teacher”なんて表現されますね。 ”She is a strong teacher in the second grade.”なんて言われると、かなり期待できます。)
今年の息子の先生はおそらく「ハズレ」でした。
思えば、カリキュラムナイトと呼ばれる新学期早々の父母説明会では、「今学年度でのゴール」、つまり学年の終わりまでにどんなことができるようになっているか、というものが担任から伝えられませんでした。
つまり、担任が「クリアなゴール」や「年間計画」を持っていない証拠だったのです。
そんな曖昧な感じでスタートした今学年は、パソコンを使ったホームワークなども取り入れられました。
しかし、親への説明もないので、子どもがパソコンを使ってどんな宿題をしているのかもわからないまま、今年2月に入って、担任から「現在のクラスの終了レベル平均は50%です。もっと監視してください。」とクラスの親あてにメールが。
え、あと数ヶ月しかないんですが・・・?
というか、何を監視するのか指示もなかったんですが・・・?
聞いてみるとうちの息子は80%くらい終了しているそうで、一安心。
だけど、クラス全体としてはかなり遅れをとっている様子。
う~ん・・・今年の先生はハズレだったかも・・・。
作文もこれまで一つも持ち帰ってきていない。
家でやっているのは一日20分の読書のみ。
学校でいったい何やってるの?
かなり疑問です。
というか、学年の終わりがちょっと不安です。
3年前、キンダーが始まる長男にあわせて、今の家を買ったとき、この学校の評判が良くて決めました。
思えば、スクールランキング(州の学力テストや評判などをもとに評価する)ウェブサイトでも、スコア10のうち10というのを見て、今の学校に決めました。
しかし、こうやって実際に子ども達が学校に行って感じたことは、先生のアタリ・ハズレや、子どもとの相性(良い先生でも相性が合うとは限らない)や、子どもの成長具合というのは、そういう数字では測れないということ。
つまり、親の私たちがきちんと毎日、子ども達の様子を見て、学校での様子を聞いたり、宿題を見ることのほうがずっとずっと大事だということ。
それは先生たちを信用していないわけではなくて、やはりクラスルームに25人の子ども達がいて、限られた時間内、限られたリソースで、子ども達を成長させるのは本当に本当に大変なこと。まして、親の私たちのように、先生が一人に集中することはできないからです。
だから、親と先生と子どもという三角関係がビシッと出来上がっていて、それぞれに役割を果たさないと、学校という場所の意味は全くなさないんだな、と今年はわかった気がします。
そんな中、我が家で日常的にやって、そして周りの話を聞いていて、つくづく大事だなと思ったこと。
それは、「家族のコミュニケーション」です。
「今日は○○ちゃんとブランコで遊んだ」とか「今日のランチはコーンドッグだった」とかそういうことだけでなく、本当に何気ない子ども達の会話だとか、そこから派生したゲームだとか、そういうものがいかに大事かということ。
たとえば、去年の息子は1年生だったわけですが、こんなことを言っていました。
「クラスのウィリアムくんは、もうかけざんを言える。」
「そりゃすごい。」と思い、息子に聞いてみると、ウィリアムくんは4年生のお姉ちゃんがいるとのこと。
なるほど、上に兄姉のいる子ども達が、クラスルームでいかに有利か、ということを知ったのです。
そして今年。
息子は2桁の暗算をパパッとできるようになる必要性が増えました。
しかし、この記事でも書いたように、日本のような暗算を重視しないアメリカ。これじゃいかんと、公文式的なものを始めたり、思いついたら「25+31は?」とゲーム感覚で暗算をするようになりました。
それを見たり、聞いていたキンダーの娘は、もちろん仲間に入りたいですから、2桁の足し算も引き算もやりたくなるし、かけざんもやるようになりました。
正解かどうかはおいといて、彼女のアタマの中で色々な思考がかけめぐっているわけで、このままいけば、放っておいても彼女も1年生で九九を全部言えるようになるだろうな、と思うわけです。(ちなみにチャレンジャーな彼女は、放っておいても生後9ヶ月で歩いたし、2歳前にぺちゃくちゃおしゃべりしていました。下の子はタフですな)
「こういうことか・・・」と私は思いながら、まぁ、楽しんでいるうちはゲームとしてやらせようと思いました。宿題として、「これをやりなさい!」と言われたらすごく嫌だろうけど、まずは算数を楽しいもの、ゲームみたいなもの、と体にしみ込ませることは誰にでもいつでもできるのです。それこそ車に乗ってる最中も、「3+5は?」とか簡単なものから脳みそに数字を慣らしておくこともできます。
我が家は算数しかカバーできないけれど、英語でもこうやってゲーム感覚でできることはたくさんあるだろうし、基礎教科の算数と英語をまずは「学校でやる嫌なもの」にしてしまわないことって大事だなと思うのです。
アメリカで義務教育を受けていない私たち外国人は、自分の子どもが就学年齢になると、学校について様々な不安を持ちます。
「うちの子は、やっていけるんだろうか?」
「もし何かあったら、きちんと対処できるのだろうか?」
「私は、子どもの学校を理解できるのだろうか?」
これはアメリカ人の親でも同じ不安です。上でも書いたように、先生にもよるし、時代も違うからです。
そんな中で、子どもが学校で楽しめているか、適正な教育を受けられているか、という判断は、ウェブサイトでも他の親でもなく、自分自身が下さなくてはなりません。
そして私自身は、アメリカのコミカレで勉強したという経験が、「良い先生と良いクラスの条件」というものを見分けられるようになったと思うし、それは小学校であれ、大学であれ、同じことだという事実に気づきました。
だから、子どもの学校に不安があるのなら、まずは親がアメリカのクラスルームで、一つでも授業をとって、勉強してみては?と思うのです。
「勉強する」というのはどういうことか、大人になって、親になってからわかることってたくさんあって、それを自分の子どもにはどうやって受け取ってほしいか、考えるきっかけになると思うからです。
アタリ先生に毎年あたるとは限りません。世の中ってえてしてそういうものですよね。
だから、そういう場合に親としてどういう対処ができるのか、少しだけ武器をそろえておいても良いのではないかな?と思うのです。
Erinaさん、こんにちは!先週末はやはり会に行くことができず、お会いできなくて残念でした。
さて、気を取り直して。
今回の記事、私もよく考えることです。ちょうど先日、ママ友と来年度の先生は誰が望ましいか、という話になりました。彼女は”I want a teacher with substance.”という言い方をしたので、私は「そうか、中身のある先生、という言い方はそういう風に言うのか」と心にしっかりインプットしたのです。
なぜかうちの子の学校は、妊娠出産する先生が多いです(若い先生が多い)。親としては、出産して数カ月後に復帰したばかりの先生に当たると、「今年はハズレかも」と心配になります。赤ちゃんが病気したり(特に一人目の子供だと)休みが多くなるからです。もちろん、出産後でも安定している先生はいるかもしれませんが、自分が一人目を出産した後の肉体的&精神的な状態を思い出すと、やはり不安。。。
いつも夏休み前になると、学校から「先生のリクエストはできません」というお知らせが来ますが、リクエストする親は多いようです。でも、親が思う「いい先生」と、子供にとっての「いい先生」が合致するとも限らないのが難しいところだと思います。過去には、私がちょっと苦手だなと思う先生とも、娘はかなりいい関係だったりしましたからね。
私がTESOLの資格をとるために、英語での初めてのディスカッションやエッセイの準備でひいひい言ってる姿を見せたことは、娘たちにいい影響を与えたようです。「英語の文章を書くのって、本当に大変だよね!」と私が言ったときの長女の顔は見ものでした。「やっと私の苦労をママも分かってくれたか」という気持ちがアリアリと。。。(笑)
私も少しずつ武器を増やしていきたいです。
Naokoさん、こんにちは!
>なぜかうちの子の学校は、妊娠出産する先生が多いです(若い先生が多い)。
なるほど~、そういうこともありますね、確かに。
うちの学校は子どもが学校に上がったとか、親の手から離れた・・・という子育てに一段落した先生たちが多いので、そういうケースは聞いたことがありませんでした。
特に学年が低いと肉体的な負担って相当ですよね。
考えてみれば、息子の先生も、昨年、闘病生活を乗り越えての復帰だったそうで、体力的にも万全じゃなかったのかもなぁと思っていたところです。
>いつも夏休み前になると、学校から「先生のリクエストはできません」というお知らせが来ますが
そんなお知らせが来るとは!笑
私の周りでも、「先生のリクエスト」について盛り上がっていたところなのですが、そんな裏技が(通用しないとしても)あるとはアメリカっぽいな~と思ってたところです。日本じゃ考えられない。笑
本当、どんな先生になるかわからないし、子どもも先生もお互いをよく知るために時間が必要な場合も多いでしょうし・・・そこで親ができることってバランスと見守ることですよね。
>「英語の文章を書くのって、本当に大変だよね!」と私が言ったときの長女の顔は見ものでした。
娘さん、かわいい!!笑
親も、勉強するということを学校や子どもに丸投げするんじゃなく、内容は理解できなくても一緒に考えようとか、ちゃんと見てるよ~という姿勢を見せるのは大事ですよね。
特に外国人だし、英語だし・・・と引け目を感じてしまうことは簡単だけれど、その荒波に漕ぎ出すのは子ども同じですから。
そういう意味で、私も勉強することはやめたくないな、と思います。
昨日は、私も娘に繰り上がりの足し算を教えていたら、「ママ、算数の先生みたい!」とすごく客観的に言われました。笑