
転職か、残留か (5)
アメリカの銀行で働く、日本人ママの物語。
前回までのお話はこちら。
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「う~ん・・・・・・。」
パソコンのモニターを見て、うなるしかできない自分。
手ごたえのあったB社とのインタビューから帰ってきて、B社の評判をネットで探してみたところ、あまり聞きたくない情報が数多く入ってくる。
「ワーク・ライフバランスはない」
「週に55~65時間勤務は当たりまえ」
「その割りに給料は安い」
果てはCEOの悪口まで。
「・・・・・。」
つい無言になってしまう自分。
ハイスピードのプロモーションや速い成長にはつきものなのが”turnover”と呼ばれる社員の入れ替わり。つまり、人が入っては辞め、入っては辞め、という流れが速い会社は”high turnover”と呼ばれる。
「そりゃそうだよなぁ・・・。」
上がみんな辞めていけば、昇進も早くなるはずだ。
35歳のライアンが、エグゼクティブレベルになるのもそういう仕掛けがあるのかもしれない。
今の私は、家族との時間を犠牲にしてまで週60時間勤務する気持ちはなかった。サービス残業してまで、新しい仕事は欲しくない。
既に寝ている子供たちの顔が見たくなって子供部屋に忍び込むと、つい涙目になってしまう。
これが両立の現実。
気持ちを落ち着かせるために自分に言い聞かせる。
まぁ、こんなレビューなんて全体の一部でしかないし。
でも・・・・。
そんな葛藤が拭えない。
A社のリクルーターからメールが入る。
「A社の社内アプリケーションを記入して送ってください。」
そういえば、A社はSalary Range(年俸枠)としてはB社より上なんだよな・・・・。
A社のリサーチもしてみることにした。
フムフム・・・・。
知らなかったけど、銀行の規模としては今の会社より2倍ある。会社を規模で測るっていう感覚、ちょっと忘れてたな。
ポジション的には今の仕事内容のシニアレベルになるわけだから、真新しいわけではない。それが吉と出るか凶と出るかはわからないけど・・・。
同じ会社レビューサイトで見ても、A社はワーク・ライフバランスが問題になっているようなコメントは無い。
「ふ~む。」
悩んでもわからないことなので、知識のある人にアドバイスをもらうことにする。
RMAと呼ばれる銀行員向けセミナーで出会った、某大手銀行の役職につくリンさん。確かカンボジア人。
とても人当たりがよく、面倒見も良くて、自社他社に関わらず若手銀行員たちに適切なアドバイスをくれる。コーヒーショップで私のキャリアプランについて相談に乗ってくれたこともある。
英語の訛りは強いけれど、アジア人でもアメリカ大手銀行で役職に就けるというのを実際に目にするのは心強い。
「リンさん、お久しぶりです。新年はいかがでしたか?
実は今、2銀行と転職プロセスの最中です。A社とB社なんですが、この2社について何か知っていますか?
A社は今の仕事のシニアレベルのポジションになります。
B社は銀行全体のビジネスアナリストのポジションになります。このポジションが気に入っているのですが、会社のレビューが気になりました。
忙しいことは承知していますが、どうかアドバイスをくださると嬉しいです。」
送信。
やりたい新しい仕事にはリスクと犠牲がある。
今と同じ仕事には安定と将来性がある。
そんな岐路に立たされた気分だった。
そんな中、難民支援団体NPO創設者のナオさんと久しぶりに会った。
彼女は数少ないアメリカでの同年代の友人で、その上、私とは比べ物にならないほど仕事での責任がある。
プロフェッショナルとして、同年代の女性として、彼女と話をしていると、学生に戻ったような気分になれる。
「それ、難しいねぇ。」
と言うと、彼女は旦那さんがスタートアップ(日本で言うベンチャー企業)に転職を決めたときのことを話してくれる。
ナオさん:「彼は安定志向だったから、すごく迷ったと思う。でね、聞いたの。『もし転職先の会社がうまく行かなかったらどうする?』って。そしたら、『農家を手伝ってでも他の仕事を見つけるよ。』って言ったの。
そのとき、『あ、そんな覚悟があるなら、好きなことやったら良いじゃない』って思えたのね。」
私:「へぇ~!」
ナ:「逆に、今の職業にプライドとか持ちすぎて、『コレじゃなきゃダメ!』とかって言うなら、そうは言ってあげられなかったと思う。」
私:「そうだよね。」
ナ:「うん、だからエリナさんもね、大丈夫だよ。何をやっても大丈夫。」
私:「ありがとう!そう言ってもらえて、すごく勇気が出た。」
ナ:「ネガティブな部分ってどこの会社にもあるし。特にそういうの書き込む人って、たいてい会社に不満がある人たちばかりよ。」
私:「そうなんだよね。」
ナ:「ハッピーに働いている人ってそういうこと考えてないから。」
私:「うん・・・。」
平日の夜、ナオさんの作った和食を食べてゆっくり話すと、頭の中のごちゃごちゃしたものが整理されていくのを感じた。流れる時間がとても優しい。
「たまにはこういう時間も大事だね。」
お互いにそう言いあって、家に帰る。明日はお互いに仕事だ。
朝、私の気持ちは晴れていた。
「もっと、目に見えるもので判断しよう。」
そう決めたからだ。
不安や心配というものに左右されない。私はそういう人間だったはずだ。
それを昨夜は思い出した。ナオさんが思い出させてくれたんだ。
とりあえず、今日は目の前の仕事をやる。
そう決めて、仕事に向かう。
朝の渋滞の中に、サンディエゴダウンタウンが見えてくる。