私がフリーランスになった理由(後編)

前回の続きです。

フリーランスという決断の「決定打」について一言でうまく書くのが難しいのですが、まず、通訳・翻訳に限らず、また日本・アメリカ含めて世界全体で、今後はフリーランス的な職業形態が普通になっていくのでは、という感じが、ここ数年私の実感として強くなってきました。

実際、正社員の絶対数が減っていき、将来の社会は専門職の仕事を持つ少数の人々とその他大勢という構造になる、ということはいろいろなところで言われていますね。

このような周囲の状況と、私の「独立したい」という気持ちがちょうど一致したとでも言えばいいでしょうか。

独立したい、というのは、なんというのか、間にいろいろ通さず直接実力勝負してみたい!という気持ちに近いです。もっと正確に言えば、直接実力勝負ができるように今から態勢を整えないと、いざ正社員というポジションから放り出されてしまったときに一人じゃ何もできなくなっているかもしれない、という危機感でした。

 

通訳・翻訳の正社員は前回書いたとおりもともと少ないのですが、この業界もアウトソーシング、さらにクラウドソーシングの波が広がっていて、とくに翻訳は世界中の翻訳者が登録するクラウドソーシングサイトや大手エージェントを通して受注、CAT(Computer-assisted translation)ツールを使って一斉に大量に処理、という流れが主流になってきています。

単価は下がり競争は激しく、単に英語を日本語に訳せるだけで生計を立てられる人はもうほとんどいないことでしょう。自分の専門分野を確立してその世界で専門家と肩を並べるくらいの知識を持ちつつ、そこにプラスして通訳・翻訳というスキルを活用できる人だけが、今後は実際に仕事を受注して本当にプロの翻訳・通訳者として生き残っていくのだと思います。

 

こういう世界がどんどん広がっている一方で、せっかく貴重な正社員のポジションにいるのだから、それを死守して大きな会社に守られて仕事を続ける、という選択肢も当然ありました。でも、私はそこで定年退職まで勤めたいかな、と思うと決してそうではなかったのです。

会社の仕事は楽しく、職場でも友人がたくさんいて、創業者の精神やその会社独特の文化も大好きでした。だから周囲も「どうして?」とびっくり、自分でもちょっと不思議、それでも、この「世の中の働き方はどんどん変わっている!」という感覚と、そこに飛び込んでいきたい自分の気持ち、このフローの一致を信じたかった。同じ場所に定年退職まで務める自分の姿を、どうしても自分らしいと思えなかったのでした。

そして、たとえば5年後とか10年後になって「さあ、独立」と思っても遅すぎると思いました。変化に対応したり新しい分野で何かを学ぶことに年齢制限はないけど、私個人的には、大胆な方向転換を図るのは今がぎりぎりくらい。だから、今すぐ辞めるか、今辞めないならこのままずっと留まるか、その二つしか選択肢はないと思ったのです。

 

不安要素はたくさんありました。前述したように、フリーランスになると結局、正社員だった頃よりも24時間仕事のような状態になってしまいます。

ところが、実際やってみるとそれは「24時間拘束されてつらい」というものでは決してありませんでした。

これもまた個人の性格次第だと思いますが、私にとって仕事とプライベートの境目が曖昧になるというのは別に嫌なことではなく、むしろ仕事がプライベートと同じくらい大切で楽しいものへと変化して、逆に24時間がぜんぶ自分のものだという感覚になるのです。

日本でサラリーマン生活をしていたころも含めて、私にとって会社に勤めるということは、自分の生活の一部を切り取ってその会社のものとして捧げ、切り取られた残りは完全に自分のものとして自由に使うということでした。人によってこの感覚は違うかもしれませんが、少なくとも私はそう思って、会社にいる時間は会社のために真剣に仕事をしました。それはそれで楽しい社会人生活だったし、非常に多くを学んだことを今まで働いたすべての企業に感謝しています。

 

でも、仕事とプライベートが混ざり合って一つになった今の生活は、私にとってはより「自分の人生を生きている」、英語で言えば “I’m taking control of my own life”、という実感につながり、何もかもが楽しいと感じられるのです。土日に仕事することになっても、深夜まで締め切りに追われて翻訳作業することになっても、それが自分で必要と判断したことであれば、プレッシャーはストレスではなくてモチベーションになります。

そうではなくて、会社のオフィスを出たら一切仕事のことは忘れ、自分の時間を大事にする、というほうが自分の性格にあっているという人もたくさんいると思います。

だから、私は自分の経験をもとに「ぜひ正社員になるべき!」「フリーランスおすすめ!」とどちらかを推奨することはできません。本当に性格次第だと思います。もうちょっと書くと、フリーランスは万人におすすめできるライフスタイルではなく、ちょっと人を選ぶんじゃなかなと内心思っています。私のような無謀な性格でないと、なかなか思い切れないかも(笑)

 

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会社を退職してから、毎朝子供と一緒に学校まで歩いています。

やはり自宅で仕事をしている夫と一緒に、子供を間にして3人で手をつないだり、途中走って競争したり、立ち止まって道の虫と遊び出す子供を急かしたりしながら、カリフォルニアの雲ひとつない青空の下、住宅街の並木道を歩いて学校へ。

毎朝顔を合わせる他の家族や犬とお散歩中の老婦人に挨拶を交わし、学校に着けば他の親子達が次々と到着して、走る子供、ベルが鳴るまで校庭でボール遊びをする子供、他の親や先生と話す人々、とても賑やかです。

会社勤めをしていたときはちょうど、ハイウェイを飛ばして他の街に通勤中の時間帯。その頃は決して見ることのなかった光景。その中にいると、改めて地元のコミュニティに所属しているという実感があり、子供が毎日過ごす学校で楽しそうにしている様子を見ることもできて、なんだかとても安心します。

 

そして、夫と二人並んで教室に向かう子供を見送り、今日1日の仕事について考えながらまた自宅に歩いて戻るとき、幸福な生活だなぁ、と思うのです。

別に誰もがうらやむ素敵な生活ってわけじゃありません。会社勤めを続けていればもっと安定した、財政的に豊かな生活ができたかもしれない。子供のため、家族のためにこそ正社員の仕事を続けるべきだという意見もあるかもしれないし、私もそれは一理あると思う。

でも今私が手に入れた生活の中には、私にとってどんな良いお給料より安定した収入よりも価値のある、私だけの「豊かさ」がある。ほかの人にとっては些細なことでも、私にとっては他の何よりも大切なこと。

 

こんなふうに子供と一緒に毎朝学校まで歩くこと、洗濯機を回す音を廊下越しに聞きながら翻訳作業に集中すること、7年間遠距離恋愛のあとに結婚した夫と、今では同じ家の1階と2階で仕事をして、ときどき一緒にお散歩すること、結婚したときに二人で住むことを決めたこの海沿いの街で一日を過ごすこと。

肌寒い午後、思い立って仕事の合間に子供の学校までジャケットを届けに行って、驚いて笑顔で抱き付いてくる子供の表情を見ること、その代わりに夜遅くまで作業して遅れを取り戻すこと。

週末どこにも出かけずに丸一日家で仕事をするのも、平日の朝、仕事前に少し時間を作って友達とカフェで過ごすのも、会社からの命令や許可ではなくて、全部自分で決めて自分で責任をとるということ。

 

これは本当に、人生のどのような側面に価値を置くかという個人の考え方によるものなので、もしかして他の人から見たら、「え、そんなことのために会社を辞めちゃったの?」とびっくりするようなことだったりするかもしれません。福利厚生が死活問題のアメリカで、朝子供と学校まで歩きたいから正社員やめちゃったの?大丈夫?って思われてしまうかも。

 

自分でもときどき「なぜ、自分からわざわざ望んでこんな苦労を?」と思うのですが、どういうわけか、私は毎月決まった金額が確実に振り込まれてくる生活よりも、請求書にビクビクしながらチェックを楽しみに待ち、「今週はこれだけ稼いだよ!」と喜んだり、「しまった、今月はこれしか収入がない、困った!」と頭を抱えるような生活が好きで、思い切ってそれを選んでしまったのです。

 

日々を淡々とこなして堅実に生きるより、苦労しても努力と工夫でチャレンジを受けて立ちたい、そういう生活のほうが自分らしいと思う、本当に生きていると感じられる、もっと頑張ると思える、もう相当いい年なんですけど、まだまだ守りに回りたくない、もう少し人生、攻めの姿勢で切り開いて生きたかった・・・、抽象的になってしまいますが、このような説明しかできません。

 

「間違ったかな?」という疑問に対して、本当に答えがでるのはずっと先のことでしょう。「いや、正解だった!」と思えるように頑張るしかないけど、「やっぱり間違いだった~」と嘆く可能性はじゅうぶんにあります、まったくギャンブル人生です、万人にはすすめられません!

最初に書いたように、決して将来が明るいとは限らず、ポジティブにというより後戻りできずに必要に迫られて、ですが・・・これからも、私にとって一番大事なものを見失わないように、自分自身の判断で仕事のバランスをとりながら、厳しいフリーランスの世界でふるい落とされないように仕事のスキルを磨き続けたいと思います。

個人で払っている保険は高くてあまりカバーしてくれないし、絶対病気にならないよう真剣に健康を考えて体力もつけなきゃいけないし!

 

またこのブログで今後の仕事の良い進展が書けることを願っております。

 

 

“私がフリーランスになった理由(後編)” への2件の返信

  1. Dear Tamami
    はじめまして、aynisaです。
    「わたしが、フリーランスになった理由」、2015年に書かれた文章ですが、今日偶然に読ませていただきました。共感できるものがたくさんあり、感動しました。
    これからもtamamiさんが書かれたものをやませていただければ嬉しいです。
    どうぞよろしくお願いいたします。

  2. aynisaさん
    私の書いた記事にコメントいただきありがとうございます!
    これを書いたのはフリーランス生活が始まったばかりのころで、当時の心境をErinaさんのブログに書かせていただきました。この頃はフリーランスが一つの解のように思えたのですが、その後また仕事にも生活にも変化がありまして、今も相変わらずいろいろ悩んでおります。
    その後私も自分のブログを始めまして、そのへんの心境をいろいろ書いていますので、もしよろしければ見に来てくださいね。

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