
「リアリスト (Realist)」を育てる
こんにちは、Erinaです。
今年の夏休みも終わりに近づき、新学期まであとわずかとなりました。
この数年間、アメリカの高校生に数学を教えてきて、わかったことがいくつかあります。
中でも目立つのが、彼らは「手を動かすスキル (hands-on skills) に食いつく」ということです。
数学で言えば、定規やコンパス、分度器を使う授業はものすごく食いつきます。グラフなんかも、点を一つずつプロットして繋げて…みたいな地道な作業に没頭します。
昭和生まれの私は、当初、この反応にかなり驚きました。
私たちが当たり前にやってきたことが、この子達にとっては新鮮で、やりがいを与えてくれる。なぜか?
それは、現代の子供達は、生まれた時からデジタルツールがあって、それこそ幼児期からタブレットで書き取りや計算ができた。小学校からコーディングも教わるし、Google Slideでプレゼンも作ってきた。しかし、それらは手元に残らないデータであり、tangibleな(=実態のある)形跡がないものばかりでした。グラフもDesmosみたいな素晴らしいツールで綺麗な曲線が描けるけれども、「自分の手で作り上げる」という実感がそこには全くありません。
消しゴムのカスだらけでも、鉛筆の跡ばかりでも、最後に「自分で描いたぞ!」というリアルなやりがいを、実は現代の子供達も必要としているのです。
私はこれに気づいた時、この21世紀に生まれ育つ子供達でも、人間として欲しいもの、必要なものというのは、昭和生まれの自分達と同じであるということを確信しました。
そこから私は、ノートは紙のノートを手書きで、時間をかけてでも、できる範囲だけでも、「自分の手で作り上げる」ということの大事さを生徒達に教えるようになりました。
学校初日に全員に同じノートブックを渡し、ページ番号を最後までふり、どこに何を書くかを指定します。このノート一冊がいかに重要かを一年を通して教え、生徒自身の武器になるように使い方も教えます。
この結果はすぐに目に見えるものになりました。
デジタルノートやプリントのように生徒が「ノートをなくす」ということがなく、常に整理されている
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どこに何があるか分かりやすい
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必要な情報を見つけやすい
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ノートを役に立たせることができる
こういう小さな成功経験が積み重なると、このリアルなノートブックが自分にとっていかに重要かを生徒自身が見出すようになります。年度末には生徒一人ひとりが自分のノートに誇りをもち、教室に置きっぱなしにしたり、学年終わりに捨てていく、みたいなこともなくなりました。
見に見える、手で触れる、自分で作れる、という実態のあるものは、現代のデジタル世代キッズにとって新鮮で、かつ安心できるものであり、日々、新しいことを学んで成長している、という自己の確認と証拠になるのです。
このようなリアルな経験の積み重ねは、この記事でも書いた「進路選択」にもつながってくるように思えます。
インターネットのおかげでこの世界は夢や理想や目標で溢れています。これまでは想像もできなかった「成功人物像」が嫌でも目に入ってきては、それを無闇に目指そうとしてしまう。
しかし実際は、それを現実のものにするスキルや実態のある功績が見合っていないと感じている若者達。
理想と現実が完全にバランスを崩し、空想の中で生きている若者達は、まるで糸を切られた凧のように不安定で、心の拠り所を見つけられない。若者のメンタルヘルスが世界各地で問題になっていますが、それも当然のことと言えます。
地に足のついた (grounded) とは正反対の状態の彼らは、この選択肢飽和状態の時代に、自分が何をやりたいのか、何に向かっているのかわからない。大学で理想や理論を学んだ結果、多くの頭でっかちなエリートを生み出したけれど、トイレのつまりを直せない、シャツのとれたボタンを直すことすらできない若者が、今、この社会にどれだけいるでしょうか。
私ははっきり言って、このアンバランスさに危機感を感じるし、これは大人の責任だと思っています。子供達に美しい理想を掲げさせたはいいけれど、それをどうやって実現するかという具体的で現実的なスキルは教えず、投げっぱなし。それじゃ迷いますよ、若者は。ただでさえ混沌としている時代に。
リアリスト (Realist) は現実主義者のこと。これの反対は Idealist つまり理想主義者ですね。
教師である私がこんなことを言うのも矛盾しているように聞こえるけれど、やはり教育には理想 (ideal) と現実 (reality) のバランスが必要であり、理想を教える分、それを現実のものにする実地スキルも教えなければならないと思うのです。
なので、現代の若者達が4年制大学ではなく職業訓練校のような実地スキルを学ぶ進路を選んでいるとしたら、それはやはり理想と現実のバランスの崩れを感じ取っているのだろうし、「手堅い何か」つまり「リアルなもの」を望んでいる結果なのではないでしょうか。
どうでしょうか。
子供達が成功体験を積み重ねるにはどうしたらいいか?を語った、スタンフォード大学フレッシュマン担当者の記事はこちらから。
元気そうで何より。点を定規で結ぶことに夢中になれる、そんなことがとても楽しいと思える授業は、心に残ることでしょうね。えりな先生の発想は面白い。
さーこれは届くか。